2017年02月03日

委員の仕事


この時期は年度末ということもあり、行政の検討会が非常に多いです。
先週は3回ありました。そして今日もこれから検討会です。

今日の検討会は環境省が設置する
「水産動植物登録保留基準設定検討会(以下、水産検討会)」
というもので、
水産動植物の被害防止に係る農薬登録保留基準
http://www.env.go.jp/water/sui-kaitei/kijun.html
という農薬の生態リスクに関する基準値を決めるための検討会です。
私は平成27年度から委員になっています。

この基準値を決めるプロセスはおおむね以下の順序です。

行政で基準値案の作成

水産動植物登録保留基準設定検討会(非公開)
http://www.env.go.jp/water/sui-kaitei/kijun_kentou/index.html

中央環境審議会 土壌農薬部会 農薬小委員会(公開)
http://www.env.go.jp/council/10dojo/yoshi10-04.html

環境省からパブリックコメント

基準値決定(環境省告示)

水産検討会は非公開で議事要旨のみが公開されます。
非公開なので、かなりすったもんだの率直な議論が交わされます。

提出される毒性データ等が非常にクリアな場合は
スムーズに承認されますが、
古いデータで現在のガイドラインと試験法が異なる、
詳細が不明な点がある、
等データに問題がある場合には時間がかかります。

水に溶けにくく設定濃度と実測濃度に開きがある場合や
分解が早く、代謝物の毒性を考慮するかどうかなど、
データの解釈が難しいものもあります。

追加の解析を求めるなどで、一旦却下される場合もあります。

ここできちんと理論を固めておかないと、
次のプロセスである農薬小委員会でまた引っかかってしまうため、
水産検討会でなるべく揉んでおくことが重要です。

こういう委員の仕事は研究業績にはなりませんし、
(むしろ研究の時間を割かれる)
なかなか表に出にくい裏方の仕事なのですが、
行政の研究者としては行政の役に立ってなんぼだと思います。

今後もたまにはこういう仕事も紹介してみたいと思います。
posted by shimana7 at 10:39| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

曝露関連論文2016


2016年も終わりになりました。
嬉しいことに今年は曝露関連の論文が結構多く出ました。
ここで一気に紹介したいと思います。

1.Yabuki Y, Nagai T, Inao K, Ono J, Aiko N, Ohtsuka N, Tanaka H, Tanimori S (2016)
Temperature dependence on the pesticide sampling rate of polar organic chemical integrative samplers (POCIS)
Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 80(10), 2069-2075
http://dx.doi.org/10.1080/09168451.2016.1191329

前回の記事(SETAC北米大会)
http://shimana7.seesaa.net/article/444264667.html
でもちょこっと紹介しましたが、
水中に農薬を吸着するサンプラー(パッシブサンプラー)を
一定期間沈めておいて、それを回収して分析する手法の報告です。

吸着速度は温度による影響が大きいので、
その温度による影響を調べて、
吸着量から農薬濃度を計算する際の温度の補正式を出しました。

農薬濃度は経時変化が激しいため、高頻度のサンプリングが必要となりますが、
パッシブサンプラーなら、沈めて置いた期間の平均濃度を
容易に知ることができます。

ただし、パッシブサンプリングは単なる簡易モニタリング手法ではありません。
パッシブサンプラーは基本的に
水中の生物が化学物質を取り込む様式を模倣したものなので、
むしろこちらで得られた結果こそが、
生物への曝露量を正確に表しているものと考えられます。

これまで私がやってきたのは
農薬のピーク濃度を曝露量とした用いた生態リスク評価ですが、
今後はこのようなパッシブサンプリングで測定できる
累積曝露量を用いた生態リスク評価に
取り組んでみたいと考えています。



2.谷地俊二、永井孝志、稲生圭哉 (2016)
水田使用農薬の県別用途別使用量の簡便な推定方法の開発
日本農薬学会誌, 41(1), 1-10

解説は以前に書きました:
http://shimana7.seesaa.net/article/436874563.html

現在はJ-Stageで公開されています!:
http://doi.org/10.1584/jpestics.W15-31

この論文が河川水中の農薬濃度の全国分布を予測する下記の4番の論文に続きます。



3.岩崎亘典、稲生圭哉、永井孝志 (2016)
河川上流側の水稲作付面積率の算定手法の開発−国土数値情報と農林水産統計情報に基づく解析−
GIS -理論と応用-, 24(1), 31-38

この論文も下記の4番の論文に続きます。
河川水中農薬濃度の予測には、
農薬の使用に関するデータと水稲作付面積や河川流量などの
環境要因のデータが必要となります。
この論文はそのうちの流域別水稲作付面積の推定手法に関する報告です。

国土数値情報には水田や畑地など土地利用に関するデータと、
流域界に関するデータがありますので、
それらのデータを用いると流域別の水田面積を推定できます。

ただし、実際に農薬が使用されるのは水田ではなく、
水稲が作付けされた土地になります。
土地利用区分における「水田」とは、
畦畔も含んでいたり、
麦など別の作物が作付けされている場合もあります。
水田面積から水稲作付面積に変換するために
別途農林水産統計のデータを用いています。

さらに、現在は河川の任意の地点を地図上で選択すると、
そこから上流の流域における水田面積を
自動で計算してくれるツールを開発しているところです。



4.谷地俊二、永井孝志、稲生圭哉 (2017)
全国350の流量観測地点を対象とした水田使用農薬の河川水中予測濃度の地域特異性の解析
日本農薬学会誌, in press

タイトルのとおり、全国350の流量観測地点を対象として、
水田使用農薬の河川水中予測濃度の地域特異性を解析したものです。
2番と3番の論文の情報と、流量観測地点の河川流量データから、
農薬の水中ピーク濃度を予測できます。
実測値による検証は最低限行っていますが、
まだ今後も積み重ねていく必要があります。



また、この曝露濃度のデータと各農薬の生態毒性データから、
生態リスクの全国分布を評価することができます。
ここまでくるには何段階もの研究の積み重ねが必要で、
一つずつ論文として出版することでオーソライズしながら
進めていく事が重要でした。

毒性の方も論文の積み重ねが順調に進んでいますので、
2017年はひとまずのリスク評価までの仕上げの年になりそうです。
posted by shimana7 at 23:07| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

SETAC 北米大会に参加しました



The 7th SETAC World Congress/37th SETAC North America Annual Meeting
2016年11月6-10日 フロリダ州オーランド
https://orlando.setac.org/
に行ってきました。実は北米大会は初参加です。


・金属関係
Metal Mixtureの関連は発表の数も大変多く盛り上がっていた感じでした。
ほとんどのものが、金属のMixtureはCAモデルと比較すると拮抗作用、
もしくはIAモデルが合う、という内容のものでした。
つまりは、各金属の作用機作は異なっていて、
同じLigandに結合して毒性を発現するというモデルは通用しなさそう、
ということが示唆されていました。


・パッシブサンプリング
今回とても収穫の多いセッションでした。
農薬のモニタリングのためのパッシブサンプラーである
POCISは大人気のようでした。

我々もPOCISを大プッシュしていますよ:
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27305429

ところが、さらに新登場したのがo-DGT(organic DGT)です。
その名の通り、金属のモニタリング用に開発されたDGTの有機物版です。
ほやほやの論文:
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.analchem.6b02749
これは将来楽しみですね。

ちなみに、オリジナルのDGTについてはコチラ(拙著):
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rikusui/68/3/68_3_391/_article/-char/ja/


・メソコスム、野外生態系観測
USGSのグループが質・量ともにぶっちぎりな感じでした。

1年間の間に100地点で12回のサンプリングを行い、
農薬は2種類のパッシブサンプラーを用いて300種類測っていて、
生物相も魚類、底生動物、藻類を調べていて、
さらに、野外で採取した生物群集を用いて、
メソコスム実験をするとか、
聞いていて気を失いそうになりました。。。

WEBサイトは以下:
The Midwest Regional Stream Quality Assessment (MSQA)
https://txpub.usgs.gov/RSQA/MSQA.aspx
データもダウンロードできるようです。


・農薬の生態リスク
ネオニコ関係はいくつか面白いものもありましたが、
ハチの野外試験などがメインで、
あまり私の興味の対象ではパッとしたものがありませんでした。


・Major ion
米国の電気伝導度の基準値は室内試験では無く
野外生態系観測の結果から決まっているそうで、
こういうアプローチの成功事例になるだろうと思いました。

USEPA: A Field-Based Aquatic Life Benchmark for Conductivity in Central Appalachian Streams (Final Report)
https://cfpub.epa.gov/ncea/risk/recordisplay.cfm?deid=233809&CFID=80271835&CFTOKEN=20606729

Aquatic Life Benchmarkとあるので、
まだ国の基準値として採用はされていないのだろうと思います。
それにしても面白いデータです。
野外生物調査の結果からSSDを構築してfield-based HC5を計算しています。
当然ながら海水と淡水では生物相が全く違うので、
そもそも電気伝導度というのは
生物相の差が出やすいんだろうな、とは思うのですが。


・水質基準ガイドラインの改訂
こちらは国の基準値設定の大元となるガイドラインの改定に関する話。
現在のガイドラインは1985年に作られて、
30年以上改訂されていないのです。

USEPA: Guidelines for Deriving Numerical National Water Quality Criteria for the Protection of Aquatic Organisms and Their Uses
https://www.epa.gov/wqc/guidelines-deriving-numerical-national-water-quality-criteria-protection-aquatic-organisms-and

現在この改訂作業が進んでおり、
スコープ文書なるものが2017年、
最終的な新ガイドラインの発効は2021年を予定しているのだそうです。


・自分の発表
私は二件のポスター発表:金属関係1つと農薬関係1つを行いました。
興味を持ってくれたのはほとんど産業界の人でした。
論文の別刷りは全部はけましたが、
ヨーロッパ大会ではいつも足りなくなっていたポスターのA4コピーは全然はけず、
興味の対象も違うのかもしれません。


・全体
会場はだだっ広いホテルでリゾートな雰囲気はあるものの、
周りになーんにも無く、
外にランチを食べに行くこともできない不便すぎなところでした。
せめて町中でやって欲しいところです。

IMG_3488.JPG

会場で売られているまっずいサンドイッチ(8$!)は衝撃的でした。

IMG_3485.JPG

オーランドはディズニーやUSJもあり、
ちょっと足を伸ばせばケネディ宇宙センターなどもあり、
見所いっぱいな場所だそうですが、
そんな雰囲気を感じることも無く帰路につきました。。。


posted by shimana7 at 23:08| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月27日

今年残りの活動予定


今年もあとわずか二ヶ月になってしまいました。
今年中の活動予定はこんな感じです。

1.The 7th SETAC World Congress/37th SETAC North America Annual Meeting
2016年11月6-10日 フロリダ州オーランド
https://orlando.setac.org/

二件のポスター発表をします。
金属関係1つと農薬関係1つです:
「Effect of pH and hardness on the toxicity of zinc, copper, cadmium, and nickel to the freshwater diatom Navicula pelliculosa」
「Regional distribution of ecological risks of pesticides in Japan - Integrated analysis of environmental model and species sensitivity distribution」



2.2016年度 第29回日本リスク研究学会年次大会
リスク概念の理解と普及に向けて
会期:平成28年11月25〜27日
会場:大分市 ホルトホール大分
http://www.sra-japan.jp/SRAJ2016HP/indexjp.htm

企画セッションとタスクグループ活動報告で発表します。
企画セッションは昨年度好評だった身近なリスクシリーズです。
私はリスク比較にがっつりと取り組みます。
なんだか311以降、リスク比較そのものが
タブー視されてきたように思うのですが、
決してそんなことは無い、リスクは定量化して比較してなんぼ、
だと思っています。

企画セッション「身近で見過ごされてきたリスク2」
http://www.sra-japan.jp/SRAJ2016HP/kikaku_session-3.htm

企画責任者:村上道夫(福島県立医科大学)
平井祐介(経済産業省資源エネルギー庁)

社会でも、また本学会においても、これまであまり着目されてこなかった「身近で見過ごされてきたリスク」について、昨年度年会に続く第二弾として、3分野 3名の研究者の方から、発表頂く。また、新たな試みとして、セッションの前に学会参加者に自身が思う「身近で見過ごされてきたリスク」を1つ挙げてもら い、紙に記載していただいたものを申請者が回収し、コメンテーターがその中からピックアップしたリスクについても考える、発表+参加型のセッションとする。

発表者
1:永井孝志 (国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)
  リスクのモノサシで測る身近なリスクランキング

2:竹林由武  (福島県立医科大学医学部/統計数理研究所リスク解析戦略研究センター)
  自殺の総合的対策に向けたリスクアセスメント

3:西一総 (横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程)
  近年における美容・化粧品リスク顕在化の実態と消費者認知の動向

コメンテーター 岸本 充生(東京大学公共政策大学院)



3.国立環境研究所 第10回生態影響試験実習セミナー
http://www.nies.go.jp/risk_health/referencelab_seminar_10.html
第10回目となる今回は、ニセネコゼミジンコを用いた繁殖試験とセスジユスリカを用いた遊泳阻害試験を対象に平成28年12月14日(水)〜16日(金) の3日間の日程で開催します。

私は2日目の「農薬のリスク評価の最新動向」の講義を担当する予定です。



そんなことで、またどこかでお目にかかりましょう。
posted by shimana7 at 22:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

環境毒性学会@愛媛

ということで、先週は第22回日本環境毒性学会研究発表会(愛媛大学)
に行ってきました。

この学会でも種の感受性分布を使用した研究が増えてきたなあ、
という印象です。
マニュアルを出した影響があるかもしれませんが、
良い傾向になってきたなという印象です。

私は2日間で口頭発表を3題行いました:
「珪藻Navicula pelliculosaへの金属毒性に対する硬度とpHの影響」
「室内毒性試験、種の感受性分布、メソコスムを活用した生態影響評価結果の相互比較」
「環境毒性学とレギュラトリーサイエンス 〜農薬の生態リスク評価の事例から〜」

いろいろ発表を頼まれているうちに増えてしまい、
3題口頭発表という初の経験となりました。

SSDを使うからには結果の数字の意味まできちんと考えてやってね、
といことで、特に二題目の発表
「室内毒性試験、種の感受性分布、メソコスムを活用した生態影響評価結果の相互比較」
はそのようなことを意識して発表したつもりです。
HC5を超えたからリスクが高いとか言っていた発表もあったかと思いますが、
もうすこし数字の解釈は丁寧にやって欲しいものです。

シンポジウムでは
レギュラトリーサイエンスをテーマにした発表も行いました。
日本リスク研究学会の活動の方でこの手の事例は豊富に持っているので、
ネタを絞るのに苦労しました。
最初に一生懸命作ったネタとスライドは、
後で見返すとあまりに明後日の方向を向いていたので、
ほとんどボツにして大分無難な内容に抑えました。

「レギュラトリーサイエンス」という用語が非常に微妙なものであることは
このシンポジウムのなかでもいろいろと意見が出て、
おおむね賛同できるものではありますが、
そういう概念があることはやはり知っておいて損は無いと思います。

posted by shimana7 at 22:52| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近況


夏もあっという間に過ぎ去ろうとしているところですが、
なかなかブログの更新まで手が回りませんでした。
が、しかし、
「永井さんのブログが情報源です」
などと複数の人に言われると
プレッシャーかつもう少し頑張らねば、と思います。

夏に休暇を取っていろいろ出かけると疲れる

休暇を取ると仕事がたんまり積もってしまいさらに疲れる
のバブルパンチでこの夏はついに一度ぶっ倒れてしまいました。

先日は大学の友人の結婚式に出て、
同級生と久しぶりに話したところ、
みんな年相応に身体の不調を訴えており、
自分だけでは無いと少し安心したところです。



最後に本当にどうでも良いですが、
夏の休暇中は実家に帰っておりましたが、
積丹に行って久しぶりにウニ丼を堪能しました。
写真は積丹ブルーの海で有名な神威岬と積丹岬です。
私の地元はこんなところですので是非観光にお越しを!

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posted by shimana7 at 22:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

【解説】ネオニコチノイド系農薬の規制強化について


現在、環境省では農薬の登録保留基準に対するパブコメの募集が出ています。

平成28年6月6日
「水産動植物の被害防止に係る農薬登録保留基準値(案)」に対する意見の募集(パブリックコメント)について
http://www.env.go.jp/press/102614.html

この中で、
「(参考2)水産動植物の被害防止に係る農薬登録保留基準として環境大臣の定める基準の設定に関する資料」
を見ると、11種類の農薬の基準値の根拠が示されています。

このうち、クロチアニジンとチアメトキサムという
二つのネオニコチノイド系農薬に注目です。

ネオニコチノイド系農薬の生態影響についての規制が今年度から強化され、
新ルール下での初の基準値設定がこの二つになるのです。


まずはこの規制強化の流れをおさらいしてみます。


これまでの制度では、
魚類(コイ)、甲殻類(オオミジンコ)、藻類(Pseudokirchneriella subcapitata)の
3種の生物の急性毒性試験の結果(LC50やEC50)を、
種間の感受性差の不確実係数(魚類と甲殻類は10、藻類は1)
で割った最小値が基準値となっていました。
ところが、このやり方ではネオニコチノイド系農薬など、
これら3種の生物に毒性の低い(そして他の種に対してはより高い毒性が出る)
農薬の基準値が大変緩くなってしまうという問題がありました。

より細かいデータなどは以下の論文に示してあります:
永井孝志 (2016) 種の感受性分布を用いた68種の水稲用農薬の生態影響評価
Journal of Pesticide Science, 41(1), 6-14.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpestics/41/1/41_D15-056/_article

この論文の中で、
登録保留基準基準値と種の感受性分布から求めたHC5値(=予測無影響濃度に相当する値)を比較したところ、
ネオニコチノイド系、フェニルピラゾール系、スピノサドというグループにおいて、
現行の登録保留基準の制度が種の感受性分布を用いる方法に比べて、
10倍以上影響を過小評価していることが明らかになりました。

そして、
平成28年3月3日に開催された中央環境審議会 土壌農薬部会農薬小委員会(第50回)
http://www.env.go.jp/council/10dojo/y104-55b.html
においてこの問題が議論され、

「資料4 環境大臣が定める水産動植物の被害防止に係る農薬登録保留基準の設定における種の感受性差の取扱いについて(案)」
http://www.env.go.jp/council/10dojo/y104-55/siryou4.pdf
の中にこの対応が示されています。

結論として
----
@ 今後我が国において新たに登録を受けようとする殺虫剤、及び
A 既に登録されているニコチン性アセチルコリン受容体又はGABA 受容体に作
用する殺虫剤(ネライストキシン系殺虫剤を除く。)
について、水産基準値設定における審査においては、オオミジンコに加えて、農薬取締
法テストガイドラインに定められたユスリカ幼虫を用いた試験(急性遊泳阻害試験。以
下「ユスリカ試験」という。)成績の提出を求めることとする。
----
となりました。
これまでの3点セットの生物種に加えてユスリカの試験が必要になるように
制度が変わりました。
脱3点セットのはじめの一歩です。

このAについては、作用機作で記載されていますが、
要するにネオニコチノイド系、フェニルピラゾール系、スピノサドの
グループを意味します。
これらの農薬は、すでに基準値が設定済みのものであっても
新たにユスリカのデータを加えて再設定されることになりました。


さて、ここまでが長い前置きです。
この制度の変更、つまりユスリカ試験の追加が
基準値の設定にどれほど重要かを見ていきます。


一番初めのパブコメの基準値設定資料を見てみると、
クロチアニジンの毒性データは以下の通り(9ページ目):
----
魚類[@](コイ急性毒性) 96hLC50 > 98,700 μg/L
魚類[A](ブルーギル急性毒性) 96hLC50 > 117,000 μg/L
魚類[B](ニジマス急性毒性) 96hLC50 > 100,000 μg/L
甲殻類等[@](オオミジンコ急性遊泳阻害) 48hEC50 = 38,000 μg/L
甲殻類等[A](ユスリカ幼虫急性遊泳阻害) 48hEC50 = 28 μg/L
藻類[@](ムレミカヅキモ生長阻害) 72hErC50 > 264,000 μg/L
藻類[A](イカダモ生長阻害) 72hErC50 > 259,000 μg/L
----
ユスリカ以外の種にはほとんど毒性が出ないことがわかります。
結果として、ユスリカのEC50値28を不確実係数10で割った2.8μg/Lが
基準値(案)となりました。

もしもユスリカのデータが無ければ、
オオミジンコのEC50値38000を10で割った3800μg/Lが基準値となるところで、
1000倍以上も緩くなってしまいます。


次はチアメトキサムの毒性データを見てみると(32ページ目):
----
魚類[@](コイ急性毒性) 96hLC50 > 118,000 μg/L
魚類[A](ブルーギル急性毒性) 96hLC50 > 114,000 μg/L
魚類[B](ニジマス急性毒性) 96hLC50 > 98,600 μg/L
甲殻類等[@](オオミジンコ急性遊泳阻害) 48hEC50 > 98,600 μg/L
甲殻類等[A](ユスリカ幼虫急性遊泳阻害) 48hEC50 = 35 μg/L
藻類[@](ムレミカズキモ生長阻害) 72hErC50 > 89,300 μg/L
----
同様に、ユスリカ以外の種にはほとんど毒性が出ません。
結果として、ユスリカのEC50値35を不確実係数10で割った3.5μg/Lが
基準値(案)となりました。

もしもユスリカのデータが無ければ、
オオミジンコのEC50値>98600を10で割った9800μg/Lが基準値となるところで、
やはり1000倍以上緩くなります。


今年度からの新制度がいかに大きな変更であるかが
おわかり頂けるのではないかと思います。

ネオニコチノイド系農薬は欧米で規制強化、
日本でのみ規制緩和などと言っている方が結構いますがこれはウソです。
そのような事を言う人は勉強していない人なので、
信用しないようにしてください。
  
posted by shimana7 at 22:24| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月04日

複合影響から実フィールドでの影響評価へ


ここ数年(化学物質同士の)複合影響に興味をもって研究を進めてきましたが、
最近の興味はそこからさらに一歩進んだ
化学物質以外の影響を含むマルチストレス影響の評価です。

この辺の自分の興味の流れは
昨年農業環境技術研究所で行われた有機化学物質研究会でまとめたつもりです。

第15回有機化学物質研究会
農業環境をめぐる有機化学物質研究の昨日・今日・明日−化学物質と環境との調和を目指して−
http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/sympo/h27/20151105.html?0924

ということで、このときの私の配付資料を公開しておきました。
http://shimana7.web.fc2.com/research/PDF/g3-23.pdf

実際の野外環境では必然的に多数の農薬に曝露を受けるので、
農薬の複合影響の評価法の研究をしてきたのですが、
室内試験に加えて、野外生物調査による検証がも必要となります。

野外だと化学物質以外の影響も大きいため、
これをどう評価するか、ということが次なる課題になります。
上記の資料にも多少は書きましたが、
日本語でまとまった資料というのはあまりなかったと思います。

我らが岩崎さんによる以下の総説も良くまとまっているよい参考文献だと思います。
岩崎 雄一 (2016)
生物群集の応答から金属の“安全”濃度を推定する:野外調査でできること
日本生態学会誌, 66(1), 81-90
http://doi.org/10.18960/seitai.66.1_81
posted by shimana7 at 23:06| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

【論文公開】農薬の用途別使用量


新たに公開された論文の紹介です。

谷地俊二、永井孝志、稲生圭哉 (2016)
水田使用農薬の県別用途別使用量の簡便な推定方法の開発
日本農薬学会誌, 41(1) 1-10
http://pssj2.jp/journal/new/con-jj402.html
(WEBでは会員しかアクセスできません。冊子はすでに出版されています)

殺虫剤は様々な用途があり、大きく分ければ、
使用する場所で水田、畑、果樹、その他など4つに分かれます。
水田で使用する農薬に着目するとさらに、
本田湛水散布、本田茎葉散布、育苗箱施用、無人ヘリ散布など
数種類の使用方法があります。
使用方法によって面積当たりの使用量も違いますし、
使用した後の環境動態も異なるため、
当然そのリスクも異なります。

一方で、殺虫剤はその商品毎に
都道府県毎の出荷量が農薬要覧という資料に統計としてまとめられています。
ただし、1つの殺虫剤商品が複数の使用方法で使用できる場合、
出荷された商品がどこでどのような用途で使用されたかは統計がありません。

PRTR制度では指定された農薬(全部ではない)について、
田、果樹園、畑、家庭、ゴルフ場、森林、その他の非農耕地の
7種類に排出量(≒使用量≒出荷量)が割り振られています。
ただし、水田での用途別の使用量は分別できていませんし、
制度開始前(平成13年以前)まで溯ることはできません。
なによりも限られた農薬のみが対象である点が問題です。
(ネオニコチノイド系殺虫剤は一つも指定されていない!)

そこでこの研究では、殺虫剤14剤を対象に、
農薬要覧に記載された農薬種類別出荷数量を
簡便に用途別に分ける推定方法を開発しました。
この手法は簡便で客観性が高く、
用途毎・都道府県毎・年毎に網羅的に整理可能な方法であることが特徴です。

推定した殺虫剤の用途毎使用量を
PRTR制度によって同様に推定された田における排出量と比較したところ、
同程度の推定手法になっていることが確認されました。


私たちのグループではこの論文の手法を用いて
網羅的な農薬使用のデータベースを作成しています。
いつどこで何がどの用途でどれくらい使われたのかが
すぐに把握でき、それを用いたリスク評価が可能な体制を整えています。

ただし、問題はこれのアップデートです。
外部資金に依存したやり方では継続性に難があります。。。

posted by shimana7 at 22:54| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

【論文公開】金属のMixture Toxicity


ベルギーで行った研究が論文として受理されました。
Accepted articleとして早速公開されています。

Nagai T, De Schamphelaere KAC (2016)
The effect of binary mixtures of Zn, Cu, Cd, and Ni on the growth of the freshwater diatom Navicula pelliculosa and comparison with mixture toxicity model predictions
Environmental Toxicology and Chemistry, in press
http://dx.doi.org/10.1002/etc.3445

4種金属(亜鉛、銅、カドミウム、ニッケル)の二種混合系で毒性試験を行い、
複合毒性モデル(CA, IAモデル)で解析を行ったものです。
この研究でなんといってもすごいのはそのデータの量です。
4種金属の二種類の組み合わせ=6種類
1つの二種混合の組み合わせで7濃度×7濃度=49種類
1つの濃度の組み合わせで6連の試験
全部で約1800点の網羅的なデータを生み出しました。
この結果から以下の2つの頑健な結論を導くことができました:
1.基本的に濃度加算モデル(CA)は安全側推定である。
2.カドミウムは他の3種金属とは作用機作が明確に異なる(IAモデルによる予測が適している)

複合影響は組み合わせが無限にあるので、
数を沢山こなすことが必要になります。
効率的な試験方法を最初に開発したおかげで、
この多数の試験をこなすことができました。
今回もデータは論文の付録データとして太っ腹に全公開です。
いろいろと解析してみたい人はご自由にどうぞ。



そして、論文化する過程においては、
複合毒性について結構曖昧に理解していた部分が
しっかり理解できるようになりました。
複合毒性モデルは予測と解析の2種類の使い方があり、
それらをごっちゃにしてはいけないということがあります。

多くの人がこの二つを混同してして、
CAやIAモデルの予測と実験値を比較して、
外れていたら相乗作用だ拮抗作用だなどと解析的な解釈する、
という間違いを犯しています。
(私もこれまでそうでした)

このような枠組みは以下の論文に詳しいのです:
Jonker et al (2005)
Significance testing of synergistic/antagonistic, dose level-dependent, or dose ratio-dependent effects in mixture dose-response analysis
Environmental Toxicology and Chemistry, 24, 2701-2713
http://dx.doi.org/10.1897/04-431R.1

が、、、
これをいきなり読んで「なるほどそうか」と理解するのは
とてもきびしいでしょう。
自分で研究しながら、その過程で色んな人と議論しながら
少しずつ理解を深める、ということが必要でしょう。



また、査読の過程で最も議論になったのは、
EDTAの分解性の取り扱いです。
EDTAは藻類の培養には必須のものですが、
金属と結合して存在形態と毒性を変えてしまうため、
扱いが非常に難しいのです。

しかも、このEDTAは藻類の培養にやはり必須の光によって分解してしまい、
しかもその分解性は化学形態で変化してしまい、
さらにその分解代謝物も金属との錯形成能があるという、
半端ない複雑さをもった物質です。

金属の生態影響に関するEDTAの取り扱いに関して、
ここまできちんとした議論をした論文はたぶん他に存在しないと思われます。
posted by shimana7 at 22:26| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする