2011年02月10日

農薬の生態リスク管理の法的側面


農薬の生態リスク管理の法的根拠について、
案外まとまったものが見あたらないので
整理してみることにします。

一番上位にあるのは農薬取締法です。

農薬取締法
http://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_kaisei/index.html

生態リスクは第三条に関わってきます。
-----
第三条  農林水産大臣は、前条第三項の検査の結果、次の各号のいずれかに該当する場合は、同項の規定による登録を保留して、申請者に対し申請書の記載事項を訂正し、又は当該農薬の品質を改良すべきことを指示することができる。
一  申請書の記載事項に虚偽の事実があるとき。
二  前条第二項第三号の事項についての申請書の記載に従い当該農薬を使用する場合に農作物等に害があるとき。
三  当該農薬を使用するときは、使用に際し、危険防止方法を講じた場合においてもなお人畜に危険を及ぼすおそれがあるとき。
四  前条第二項第三号の事項についての申請書の記載に従い当該農薬を使用する場合に、当該農薬が有する農作物等についての残留性の程度からみて、その使用に係る農作物等の汚染が生じ、かつ、その汚染に係る農作物等の利用が原因となつて人畜に被害を生ずるおそれがあるとき。
五  前条第二項第三号の事項についての申請書の記載に従い当該農薬を使用する場合に、当該農薬が有する土壌についての残留性の程度からみて、その使用に係る農地等の土壌の汚染が生じ、かつ、その汚染により汚染される農作物等の利用が原因となつて人畜に被害を生ずるおそれがあるとき。
六  当該種類の農薬が、その相当の普及状態のもとに前条第二項第三号の事項についての申請書の記載に従い一般的に使用されるとした場合に、その水産動植物に対する毒性の強さ及びその毒性の相当日数にわたる持続性からみて、多くの場合、その使用に伴うと認められる水産動植物の被害が発生し、かつ、その被害が著しいものとなるおそれがあるとき。
七  当該種類の農薬が、その相当の普及状態のもとに前条第二項第三号の事項についての申請書の記載に従い一般的に使用されるとした場合に、多くの場合、その使用に伴うと認められる公共用水域(水質汚濁防止法 (昭和四十五年法律第百三十八号)第二条第一項 に規定する公共用水域をいう。第十二条の二において同じ。)の水質の汚濁が生じ、かつ、その汚濁に係る水(その汚濁により汚染される水産動植物を含む。第十二条の二において同じ。)の利用が原因となつて人畜に被害を生ずるおそれがあるとき。
-----

ここでは第三条第六号により
「水産動植物の被害が発生し、かつ、その被害が著しいものとなるおそれがあるとき」
に農薬の登録が保留される、
つまりその農薬は使用できない、ということになります。
「水産動植物」なので、水圏の生物だけが対象となっていることがわかります。
どんなときに「被害が著しい」と判断するのかは不明確です。



次に、
(告示)
○農薬取締法第3条第1項第4号から第7号までに掲げる場合に該当するかどうかの基準を定める等の件
(昭和46年3月2日農林省告示第346号(最終改正 平成20年10月22日 環境省告示第80号))
http://www.env.go.jp/water/dojo/noyaku/kijun.html
を見てみます。

-----
3 法第2条第2項第3号の事項についての申請書の記載に従い当該農薬を使用することにより、当該農薬が公共用水域(水質汚濁防止法(昭和45年法律第138号)第2条第1項に規定する公共用水域をいう。以下同じ。)に流出し、又は飛散した場合に水産動植物の被害の観点から予測される当該公共用水域の水中における当該種類の農薬の成分の濃度(以下「水産動植物被害予測濃度」という。)が、当該種類の農薬の毒性に関する試験成績に基づき環境大臣が定める基準に適合しない場合は、法第3条第1項第6号(法第15条の2第6項において準用する場合を含む。)に掲げる場合に該当するものとする。
-----
ということでここでは、
曝露濃度と毒性を比較して、つまりリスク評価によって
「被害が著しい」かどうかを判断しなさい、
ということが規定されます。

どうやってリスク評価をするのか
という方法については明記されていません。



そこで、
【 「農薬取締法第三条第一項第四号から第七号までに揚げる場合に該当するかどうかの基準を定める等の件の一部を改正する件」について 】
公布日:平成17年08月01日
環水土発第050801002号
(環境省環境管理局水環境部長通知)
http://www.env.go.jp/hourei/syousai.php?id=06000039
を見てみます。

ここで初めてPECという言葉やEC50、不確実性係数10とか
かなり具体的な評価方法が出てきます。
ここで、魚類、ミジンコ、緑藻の3点セットの急性毒性試験を行い、
EC50を不確実性係数で割ったものの最小値と
PECを比較してリスク評価をする、
というルールが規定されます。



毒性試験のガイドラインについては、
「農薬の登録申請に係る試験成績について」
(平成12年11月24日付け12農産第8147号農林水産省農産園芸局長通知)
に定められています。

PECの具体的な算出方法については、
「農薬の登録申請書等に添付する資料等について
」(平成14年1月10日付け13生産第3987号農林水産省生産局長通知)
に定められています。

http://www.acis.famic.go.jp/shinsei/index.htm



このように、
農薬の生態リスク管理についての法的な根拠とその解釈は
農取法

環境省告示

環境省水環境部長通知

農林水産省農産園芸局長通知、農林水産省生産局長通知
という、4段階に分かれていることになります。

学者は簡単に「こうするべき」と言ってしまいますが、
法的根拠にはなかなか疎いものです。
どの段階のものをどう変えるべきかを
きちんと考える必要があります。

たとえば、陸上の生物もリスク評価の対象に加えるべきだ
となれば法律の「水産動植物」という文言を改正する必要があるかもしれません。
現状評価対象のミジンコや緑藻などは水産資源ではないので
「水産動植物」には直接当てはまりませんが、
餌生物として水産動物であるコイなどの生育に関わってくるため、
ということで間接的に評価対象とすると解釈されています。
もしくはエビなどの甲殻類、ノリなどの藻類(いずれも水産動植物)
の代表である、という解釈でもあります。

リスク評価の手法を変えるべきだ、
となればもっと下位の段階で済みます。
下位だから簡単に変えられる、というわけではありませんが。

posted by shimana7 at 22:33| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月22日

割合という指標


「割合」というものを、何らかの指標とする場合の
考え方をすこし整理してみることにします。


主要経済指標
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ecodata/index.html
のうち、失業率という指標があります。

厚生労働省による失業率(=完全失業率)の定義は
完全失業率(%) = 完全失業者 / 労働力人口 × 100
となっています。
http://www.stat.go.jp/data/roudou/qa-1.htm#Q_F01

ようするに、
「失業」という影響を受けた人の割合、
という経済的なリスク指標になります。

エンドポイントである完全失業者の定義についての3条件は
(1)「仕事についていない」
(2)「仕事があればすぐつくことができる」
(3)「仕事を探す活動をしていた」
です。

これの問題点を考えてみます。

まず、失業率は割合ですので、経済のパイの大きさ自体は
わかりません。

割合なので、いつ、誰が、どこで失業しているのか、
という特定はできません。
たとえ、失業率が0.1%以下であったとしても
自分が失業していれば、その数字の低さは何の慰めにもなりません。

また、仕事に就く気のない人や、
本当は働きたいけど育児などで仕事をあきらめている人などは
失業者には入りません。

さらに、一定期間に少しでも仕事をすれば失業者とはみなされませんし、
アルバイトや派遣、正社員の区別もなく、働いていれば失業者ではありません。
働いてさえいれば、報酬の高い低い(ゼロでも!)も関係ありません。

つまり、本当は正社員になりたいけど働き口が無いので
仕方なくアルバイトをしている人も「失業者」ではないのです。

このように、
「失業率」というリスク指標だけでわかることには限界があります。
見逃されている点も沢山あり、欠点もたくさんあります。

ただし、欠点があるからこの失業率という指標は
何の役にも立たない、などと考える人はおそらくいないでしょう。

ほかにも沢山ある指標と相互に比較をして補完しながら
活用する必要があります。

ようは、限界をきちんとわかった上でどう使えばよいのかを
考えればよいわけです。



では失業率はどう経済的なリスク管理に活用されるのでしょうか

まず、失業率だけで経済の状態の全てがわかる
のでこれだけを判断基準として経済のことを考えよう、
などと考える人は誰もいないでしょう。

また、失業率は絶対にゼロでなければいけない、
などという主張もほとんど無意味でしょう。

さらに、どこかで線引き(例えば5%とか)をして
それ以下なら全く問題なし、
それ以上なら危険水準、
などという使い方もおそらくないでしょう。


このような使い方は間違っているといえるでしょう。
正しい使い方について考えてみます。


まず、時系列の変化を見て、上昇傾向あるいは下降傾向
などの経済状況の判断に活用できるでしょう。

そして、都道府県別、年齢層別の失業率を比較して
どのような偏りが生じているのかの判断に役立ちます。

また、各国の失業率などと比較して
日本はアメリカや欧州よりも失業率が低い、
などの国際的な比較の判断にも活用できるでしょう。

さらに、雇用政策を考えるときに、
失業率がいまどれくらいだから
どのような政策を打てばどのくらい下がる
などの予測に基づく政策の意思決定に活用できるでしょう。



このように改めて整理してみると
「何をあたり前のことをっ!」
と思うかもしれません。
それは経済指標や失業率という数字に
普段から触れていて見慣れているからでしょう。

すこしでも分野が変わって
「○○の割合」などという見慣れない指標が出てくると
考え方自体は全く同じなのに
同じように考えることができなくなります。

この辺はまた今度改めて文章化してみることにします。

posted by shimana7 at 23:44| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

つなぐ



プリウスでおなじみのハイブリッド車というのがあります。
ガソリン車と電気自動車の中間でなんとも半端な感じがします。
以前はエコカーの本命は燃料電池車か電気自動車だといわれてきました。
それらは排気ガスを出さない、理想的な環境に良いクルマだといわれてきました。

それに対してハイブリッド車はガソリン車から本命のエコカーまでの
あくまで「つなぎ」だといわれてきました。

いまやどうでしょう、ハイブリッド車はエコカーの本命になりました。
「つなぎ」の期間は思っていたよりも長かったようです。
燃料電池車のことはパタリと聞かなくなりましたし、
全国くまなく水素スタンドをなどという人もいなくなりました。
つなぎの技術が本命になったのです。



話がドカンと変わりすぎですが、
化学物質の生態リスク評価の世界においては
現状の緑藻、ミジンコ、魚類の3点セットの個体レベル評価
がベースになっており、
より生態系に近い形での評価が望まれています。

数多くの生物種の種間相互作用も含めた長期的動態を
評価できるのが理想の評価形態だとして、
現状とその理想の形態の中間にあるのが
種の感受性分布(SSD)や一種系の個体群モデルでしょう。
いわばつなぎの評価技術と位置付けることができます。

これらのつなぎの技術が日の目を見ることはあるのか
それとも一気に理想の形態に進化してしまうのか、
どうなるのでしょう。。。

(自分の飯のタネなのだからもっと頑張れよという話ですが)


posted by shimana7 at 23:15| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月30日

化学分析のジレンマ


年末だし小ネタをひとつ。

農水省のウェブサイト
科学的に信頼できるデータを得るために(化学物質編)
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/data_reliance/scientificdata_top.html

というページが公開されています。
なかなかに踏み込んだ記述になっているなと思います。
(研究者が書いた文章っぽい)

ただし、化学物質による環境リスクを評価したり管理したり
ということを考えた場合には、
なんだかマニアックすぎるなあ、という印象がします。

真値を得ようと努力するのはわかりますが
そもそもが食品中(環境中でも)の化学物質の濃度には
ばらつきがある、というのが本質なので、
一点の真値を得るのに多大な努力をするよりも
その努力を振り分けて
多地点、多種類、多時系列のデータをとって
そのばらつきを見たほうが、
リスクの評価にも管理にもより役に立つのです。

さらには、曝露評価のほうだけむやみに確実性を上げても
有害性評価のほうは相変わらず
不確実性係数100とか1000とかの世界だったりするので
あっという間に結論がひっくり返ってしまうのですね。
こちらのほうにもうすこし努力を振り替えて
不確実性を減らしたほうが
健康リスクの度合いや管理方策を考える上で
有効だと思うのですが。
(そっちは農水省の管轄ではないとは諸事情もあるのですが)

リスクの評価や管理する側へのリスク概念の浸透を
もっと急いで力を注ぐ必要があるのでしょうね。

posted by shimana7 at 00:06| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月12日

リスク論はどこへ向かう?


中西さんの雑感から飛んだWEB RONZAの科学環境版。
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/list.html

興味深い文章がいくつかありました。

-----
なぜ「技術で勝ってコストで負ける」のか?
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2010112600006.html

日本人が認識している“技術”とは、「技(ワザ)」と「術(スベ)」を広く包含し、なかんずく希少価値のある高度な技能なのである。

一方、欧米人やアジア人が認識している“Technology”とは、一言でいえば、「工業製品」であり、「いつでも、どこでも、だれでも、同じことができること」である。
-----

最近リスク評価がどうもこのような方向に
進んでいるような気がしてなりません。

リスク評価の社会への普及には
「いつでも、どこでも、だれでも、同じことができること」
が必須で、
さらにどれだけリスク評価にかけられる
時間とコストを削れるかが勝負です。
学問的に完璧なものである必要はありません。

それに対して、
評価手法への学問的な追及が過ぎると、
オーバースペックな、
高度な専門家にしか理解できないリスク評価ができあがり、
ガラパゴス化が進むことになります。

研究としては良いかもしれませんが、
実社会からは遠ざかる一方です。



もうひとつの記事
-----
弁護士と科学者は違う国の住人?
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2010112600007.html

法と科学の協働プロジェクト

法廷における科学的証拠の提出は、二つの専門分野のできちゃった婚(Shotgun Marriage)のようなものだ。

(中略)

議論の方法論もずいぶん違う。弁護士は紛争処理が仕事だ。そのため、合意できる点をすばやく探し、明白に合意できない点は議論から排除していく。これに対して、科学者のアプローチは通常真逆だ。一見例外的な事象の中にこそ「新しさ」を見いだそうとする。
-----

リスク評価も科学と社会のShotgun Marriageだ
というのをどこかで読んだ記憶があります。

上記の文章は、リスク評価は問題解決のための手段の一つにすぎない、
と考える上で大変重要になると思います。

リスク評価も社会とのかかわりが大切です。
合意できない点を探してそれを埋める理屈を延々議論するよりも
合意できる所だけでとにかく合意形成を行って、
あとは双方の妥協点を探る、
というアプローチをとったほうが良いということになります。

「どのレベルのリスクなら許容可能か」
などの議論はまさに合意形成不可能な議論の典型でしょう。
哲学としては面白いかもしれませんが、
問題解決には向かうとは思えません。

リスク論にこだわりすぎるのは手段と目的が入れ替わる
本末転倒な事態になりかねないかもしれません。


posted by shimana7 at 23:39| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月02日

リスク研究学会2010


今年のリスク研究学会は一日目だけの参加となりました。

基調講演での三菱総研 野口さんによるISO31000の説明は
当日の自分のメモによると以下のようなものです。

・リスクマネジメントは自然科学ではない。
つまり、何かの真理があるわけではない。

・安全、情報、環境といった各分野でリスクの用語や考え方が違う。
だから、共通の考え方を共有しないといけない。

・ISO31000はネガティブもポジティブもリスクと扱う。
リスクの定義は目的に対する不確実さの影響。
例えば、目的とする安全レベルに対して実際の安全レベルのずれ(ポジティブもネガティブもある)。

・すなわち、目的が定まらないとリスクも定まらない。
よって、周辺状況により目的が変化すればリスクも変化する。

・コミュニケーションはリスク分析の前に行われるべき。
価値観や知識の事前共有が必要だから。

・リスクマネジメントの有効性を高める風土について。
リスクの存在を認める強さと謙虚さ。
常に先手をとって対応を考える先見性。
気ついたことに知らないふりをしない責任感。
の三つが必要。



これらのリスクのとらえ方私にとっては
すんなりと受け入れられるものでした。

特にリスクマネジメントは科学ではない、
というのは非常にしっくりくるものです。
(ドラッカー的にいえば臨床的な体系ってことか?


ところが、リスク学会の方たちの中では反対意見が多かったようです。

会場で学会から出てきた意見と、それに対する見解は以下:

・リスク評価は確立したサイエンスであるから目的によって変化すべきでない
(→万能なリスク評価は存在せず、目的の数だけ異なるリスク評価がある。目的が変わればリスクが変わるのは当然。)

・リスクとはどんな辞書を引いても、危険なものを扱うネガティブなものととらえられている。
(→なにがネガティブでなにがポジティブかは見る方向の違いで変化し、一概には言えない。ネガティブとポジティブは常に表裏一体)

・リスクの用語はいろんな国際機関の検討などこれまでの長い歴史の中で決まってきているので、いまさら変えるべきでない。
(→実際は各分野のリスクの用語は統一されていない。同じ化学物質でも環境リスクと食品安全では言語が全然違う状況なのに。。。)

・それはリスクマネジメントではなく不確実性マネジメントと呼べば良いではないか。
(→確かにその通りだが、本質的にはリスクマネジメントとは不確実性マネジメントに他ならない)



私としてはずいぶん保守的な意見ばかりだなあと思いました。
用語の統一などはこれまでと多少変わろうが
急務であると思います。

リスク評価はリスクマネジメントのためにあるものであり、
それ単独で科学として確立するものじゃないですね。
マネジメントの目標が変わればそれに合わせてリスク評価も変わるべき。
なぜリスク評価がマネジメントにあまり活用されてないのかを考えれば、
目標に合ってないことをやってるから、と考えるのが自然なはずです。

こういうことを考える際に、
私たちが昨年度のリスク学会で発表したMedmar事例とその考察は、
きっと役に立つものと思います。
マネジメントを学ぶには生の事例が必須でしょう。

出版を急がねば。
posted by shimana7 at 23:17| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月23日

農薬と環境基準項目


今後の水環境保全の在り方について(取りまとめ)(素案)
http://www.env.go.jp/water/confs/fpwq/09/mat04_2.pdf
なる文章が公表されているようです。
だいたい5年ごとくらいにこのような文章が出てくるようですね。

全体的に特に目新しい記述はないものの、

p.10
4.水環境保全の目標について

(1)人の健康の保護に関する環境基準(健康項目)
のなかで、
「また、増加する化学物質に対応するため、毒性情報の共有化などによるリスク管理の推進
や、農薬などの曝露性が異なる物質のリスク評価手法の検討などを行う必要がある。」

といった記述がありました。
過去にもジマジンやチオベンカルブなどの農薬が
環境基準項目としてありましたが、
農薬の場合は使用時期が限定されるため
毎月一度程度のモニタリングでは曝露実態がほとんど分かりません。

使用時期に最低でも毎週一回のモニタリングを行うことで
ピーク濃度や曝露期間などの詳細が得られます。



別の評価では、農取法にかかわる評価の中ではやられていて
-----
水質汚濁に係る農薬登録保留基準について
http://www.env.go.jp/water/dojo/noyaku/odaku_kijun/index.html
-----
いわゆる「水濁PEC」として、
一過性の曝露を水中濃度の年平均にならしたもの
が評価に使われています。

ただ、これも年間の水中濃度変動をきちんと評価したものではないので、
これをやろうとするとモニタリングによる評価ではやはり限界があり
曝露モデルの活用が期待されるところです。



あとは基準値そのものも、ピーク濃度なのか
変動を年平均にならしたものをつかうのか、
などを考える必要もあります。
両方が必要になるという可能性もあります。
イメージ的にはアメリカでのCMC(Criterion Maximum Concentration)と
CCC(Criterion Chronic Concentration)のようなもの。

急性参照容量(RfD)からはピーク濃度としての基準
許容一日摂取量(ADI)からは年平均にならした濃度としての基準が
導けるのではないでしょうか。

posted by shimana7 at 16:37| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月06日

ミツバチへのリスク5



最近ミツバチウォッチングをサボっていますが、、、
新しいニュースも出てるみたいですね。

ミツバチはなぜ大量死するのか? 謎ついに解明
http://www.gizmodo.jp/2010/10/post_7810.html
-----
メリーランド州の米陸軍エッジウッド化学生物センターとモンタナ州の各大学の昆虫学者らが共同研究した結果、なんと真犯人は菌とウイルスの組み合わせであることがわかったのです。崩壊したコロニーを調べてみたら、どのコロニーでも菌とウイルスの2段階攻撃でミツバチをノックダウンした形跡が見つかったって言うんですね。
-----

ということで、元論文がコチラ
Bromenshenk JJ, Henderson CB, Wick CH, Stanford MF, Zulich AW, et al. (2010)
Iridovirus and Microsporidian Linked to Honey Bee Colony Decline.
PLoS ONE 5(10): e13181. doi:10.1371/journal.pone.0013181
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0013181

農薬の関連性については、

ミツバチへのリスク
http://shimana7.seesaa.net/article/160359325.html
で書いた
Mullin CA, Frazier M, Frazier JL, Ashcraft S, Simonds R, et al. (2010)
High Levels of Miticides and Agrochemicals in North American Apiaries: Implications for Honey Bee Health.
PLoS ONE 5(3): e9754.

の論文を引用して、
-----
A survey of bee samples from across the USA revealed traces of pesticides in many bee samples, but none were shown to correlate with CCD
-----
と、農薬とミツバチコロニー崩壊現象の関連は
示されなかったと一言で終わりになっています。

日本では同じ論文から
農薬だけでもミツバチの大量失踪が説明できる
と解釈された方もいたようですが。。。

この論文は農薬の影響が無いことを意味しているわけではありませんが、
コロニー崩壊現象における農薬主犯説はそろそろ下火になっていくのかな?
posted by shimana7 at 22:41| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月23日

リスクをめぐる立場の違い


環境リスク管理と医療はよく似ていて、
リスク管理のことを伝えるときには
医療に例えると意味を伝えやすいのかなあ、
と感じています。

image-20101023212953.png

医療は診断、治療、経過観察を繰り返すものです。
これに対して、リスク管理では
診断に相当するのがリスク評価、
治療に相当するのがリスク低減対策、
経過観察に相当するのが環境モニタリング
と考えています。


ここで、あるたとえ話を考えてみましょう。

-----
Aさんはある病気の末期症状で余命1年と診断されています。
かかっている市民病院の主治医であるB先生から話を聞きました。

B先生
「この病気はねえ、まだ有効な治療法が確立されていないんだよね。
それでも、いま現在で利用できそうな治療法は二つあるよ。
一つは難しい手術で成功率は15%。
もう一つは本来違う用途に使うものだけど、
この病気にも効果があるかもしれないといわれている投薬治療、
効果が出る可能性は30%と言われていて、
ただし副作用が激烈にひどくてかなりの苦しみを伴うよ。
ターミナルケアにするか、どちらかの治療法を適用するかは
Aさん次第だよ。
よく考えて決めてね。」

Aさんは自分の病気の専門家である大学病院勤務のC教授のところへ
セカンドオピニオンをもらいに行きました。

C教授
「その二つの治療法はね、あなたの病気に使うにはまだ効果が不十分で
医学的にはいまいちな選択だよ。
B先生はわかってないんだよね、
彼は書いてる論文数も少ないし、いまいち信用できないね。
ボクが今研究中の治療法はほぼ確実に
あなたの病気を治療できる可能性を持っているんだ。
しかも副作用もほとんど無い画期的な方法だよ。
だからB先生の治療は受けないほうが良いよ。」

Aさんは目からウロコが落ちる思いでその話を聞きました。

C教授
「ただし、この治療法の確立にあと5年は研究が必要で、
その後臨床試験やらなんやらで
実用的に使えるにはあと10年くらい必要になるね。」

Aさん
「そんな話を余命一年の私にするなんて、
いったい何の慰めになるって言うんですか!?(怒)」
-----

とまあ、こんなたとえ話は
リスク管理の現場でもそうそうありそうなことですね。
学問的にいまいちなどというのは百も承知の上で
現時点で利用可能な、不確実性の高い手法を選択せざるを得ない場合があるわけです。

こんなときに、学問的にいまいちなどという専門家の指摘は
現場の問題の解決には役に立ちません。



もちろんこれは大学の先生や大学の研究が無意味であることを意味しません。
長期的視点を踏まえて新しい手法を開発していくことが求められる大学の専門家と、
すでにある知識を総合的にパッケージ化して
即現場に適用できるツールを作る人間では
置かれた立場が違うのだ、というだけのことです。

上の例え話では、
B先生とC教授のどちらが正しいかではなくて、
それぞれの立場を踏まえた発言をしているのだ、
ということになります。
posted by shimana7 at 21:45| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月06日

水道水のリスク

現在の水道水質基準値50項目の内11項目が
水源には含まれていないが
塩素消毒の過程によって生成する消毒副生成物です。

その中には発がん物質を含むため、
消毒のしすぎは発がんリスクを高めると言われてきました。
しかし、だからといって消毒を止めれば
感染症のリスクを高めることになります。

中西準子さんは複数の著書にて
リスクトレードオフを考慮して
最もトータルのリスクが低くなるような消毒をするべき、
と主張され、実際の両者のリスクの計算結果を載せています。
中西さんの最も得意とする話題の一つといえます。



私も水のリスクを教える上で
これは非常によい例と考えて
講義で取り上げることにしました。

ただし、中西さんの用いたデータは
いかんせん古くなっていますので、
これを最新の情報に更新する作業から始めました。

中西さんの時代と異なり
基準値作成の根拠となる情報や
水道水中の濃度データは
全て厚生労働省のサイトで公開されています。

水質基準の見直しにおける検討概要
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/konkyo0303.html

よって当初は更新作業は楽勝だと思いましたが
これが思っていたよりしんどい作業でした。



消毒副生成物から総トリハロメタンを除く10物質のうち、
発がん性がないと評価されているのが塩素酸とクロロ酢酸の2物質
発がん性があると評価されているのが
クロロホルム、ジクロロ酢酸、臭素酸、ブロモジクロロメタン、ホルムアルデヒドの5物質、
発がん性がはっきりしていないのがジブロモクロロメタン、トリクロロ酢酸、ブロモホルムの
3物質

発がん性があるなかで遺伝毒性があるとわかっているものは臭素酸のみ(閾値なしモデルを採
用)。
クロロホルムは遺伝毒性なしのため、閾値ありモデルを採用
ジクロロ酢酸は遺伝毒性は不明だが、デフォルトで閾値なしモデルを採用。
ブロモジクロロメタンは遺伝毒性は不明であり、
デフォルトで閾値なしモデルを採用すべきだが
なぜか閾値ありモデルを採用(このからくりは不明)。
ホルムアルデヒドの発がん性は吸入のみなので閾値ありモデルを採用。

消毒1.png


閾値なしモデルを採用した臭素酸とジクロロ酢酸の場合、
これ以下だったら影響ゼロ、という閾値がないので
基準値を守っても発がんリスクはゼロにはなりません。
この場合、ユニットリスクを用いて発がん確率を計算できます。

消毒2.png


ジクロロ酢酸の場合
発がん確率 10^-5 に相当する濃度 = 0.04 mg/l
ユニットリスク = 2.5×10^-4 (mg/l)^-1

水道水中濃度の95パーセンタイル (ワーストケースを想定)
は0.015 mg/lとすると、

発がん確率 = 濃度 (mg/l) × ユニットリスク (mg/l)^-1
= 0.015×2.5×10^-4 = 3.75×10^-6


臭素酸の場合
発がん確率 10^-5 に相当する濃度 = 0.0089 mg/l
ユニットリスク = 1.1×10^-3 (mg/l)^-1

水道水中濃度の95パーセンタイル (ワーストケースを想定)
は0.006 mg/lとすると、

発がん確率 = 濃度 (mg/l) × ユニットリスク (mg/l)^-1
= 0.006×1.1×10^-3 = 6.6×10^-6

となります。
この二つの発がん確率を合計すると
1.0×10^-5
となり、これは生涯発がん確率ですから、
単年に直すと、70で割って
1.0×10^-5 / 70 = 1.4×10^-7
となります。
ずいぶんと低い発がん確率となりました。

さらに、ジブロモクロロメタン、トリクロロ酢酸、ブロモホルム
は発がん性がはっきりしていないものであり、
ブロモジクロロメタンは発がん性ありで遺伝毒性が不明のもので、
これらが閾値なしと仮定すれば、
物質が3倍に増えるので、さっくりと発がんリスクも3倍して
= 1.4×10^-7 ×3 = 4.2×10^-7
と計算されます。
これは発がん確率を実際よりも
大きめに見積もっていると考えられます。

このリスクが塩素消毒強度120 mg・min/l
の時のものだったと仮定し、
さらに発がん確率は塩素消毒強度の0.5乗に比例すると仮定すると、
(この仮定は中西さんの計算と全く同じです)
塩素消毒強度と発がんリスクの関係は以下のようになります。

消毒4.png


さらにこれにジアルジアの感染症により死亡する確率
(中西さんの計算と全く同じ)
を足し算すると、リスクが極小になる
最適な塩素消毒強度が得られるはずです。

消毒5.png


その結果このようになり、
予想に反して、
発がん性はあまり考えずにがんがん消毒しても
あまり問題無さそう、という結論が導かれます。
しかもこの計算は発がんリスクを大きめに見積もっているのに、
です。
ただしジアルジアのリスクも大きめに見積もられているようですが。



時代が変わればリスクも変わります。
これは、実際のリスクに変化が無くとも、
新たなデータや新たな証拠が出てくれば
評価されたリスクの値は変わる、
ということを示しています。

もちろんこの結果はリスク評価が役に立たない事を意味しません。
リスクについてのデータや証拠が完全に揃うまで
社会の意思決定は待ってくれません。
その時わかっている範囲内での最善の判断をするための
ツールがリスク評価である、と考えるべきです。

そしてその後もリスクを評価し続け、
結論が変わってきたらすみやかに管理方法も変更していく、
という柔軟なやり方(順応的管理)
が求められていると思います。

posted by shimana7 at 16:15| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする