2011年11月29日

若手ワークショップ終了


さて、さる11月18日、
2011年度第24回日本リスク研究学会年次大会にて
若手による次の時代のリスク評価を考えるワークショップ
「ポスト3.11.のリスクガバナンスの失敗学」
が開催され、予定を上回る30名以上の方にご参加いただきました。

こういう企画は大変ですが、楽しいものです。
企画代表の保高徹生さん、素晴らしい働きぶりに大変お世話になりました。
その後の飲み会まで盛り上がって、楽しい話もたくさんできました。

当日の発表内容は近いうちにWEB上で公開されることになっています。
さらにこのワークショップの内容を発展させ、
来年のWorld Congress on Risk 2012 in シドニー
でも同内容の集会を開くことを狙っています。
現時点のアイディアに対しての海外の方の反応も良いみたいで
これも大変楽しみです。

ところで自分の発表は
「リスク管理の失敗学」
なる、なんとも上から目線の発表をしてしまったわけですが、
いままでやったことのない内容のプレゼンだったので、
その準備には大変苦しみました。
かなり広範囲の自分の分野外の勉強をしたので、
その分勉強にはなりました。
ここでもその一部を自分の頭の整理がてらにメモを作って
今後公開してみようと思います。
posted by shimana7 at 22:54| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月24日

レギュラトリーサイエンス 〜生態リスクの問題設定〜

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9/25
3種のみを守ればよいと誤解されかねない書き方だったので若干加筆
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生態系の何をどれだけ守れば十分か?
こういう問いに唯一の答えはありませんが、
専門家の委員会などで合意がなされ、固まってきている部分もあります。
現状行われている生態リスク評価はこれに沿って成立しています。
この現状について紹介してみます。


まず、どの生物種を守ればよいのか?
という問いですが、
逆に考えるとこの問いの背景には、
「すべての種を守るのは不可能」
という現実があるのかもしれません。

リスク評価の対象としての重要な種の選定の根拠としては、
1. 生態学的な重要性(生態系のキーストーン種)
2. ハザードに対する感受性(化学物質による毒性が強い)
3. 保全のゴールに対する関連度(一次生産者)
などが挙げられます。

水圏生態系を対象とした場合、
まずその構成種を
一次生産者、一次消費者、高次捕食者
と分けます。
これら3つのグループはそのどれかが欠けても
生態系は成立しなくなります。

そのグループの構成種は藻類、節足動物、魚類
ということになり、次に各グループから代表種を抜き出します。
この結果が、緑藻、ミジンコ、メダカ
ということになります。

代表種の選定の背景には、先に挙げた3つの生態学的な根拠のほかにも
飼育がしやすい、毒性試験がしやすい、
などのテクニカルな事情もあるものと想像されます。

この代表種を使って毒性試験などを行い、リスク評価に用います。
この考え方は、もちろんこの3種のみを守ればよいというものではありません。
不確実性係数の適用によって、他の構成種の保護も考慮されます。
また、絶滅危惧種などの場合はこれとは別の考え方での
保護が必要になるでしょう。

ちなみにメダカを使うのは日本独自で、
欧米ではニジマスやファッドヘッドミノー(モツゴみたいな魚)
などが使われることが多いです。
また、農薬取締法に基づく生態リスク評価ではコイが使われます。
(水産動植物という農薬取締法の文言に引っ張られていると想像されます。)

緑藻とミジンコでは日本の在来種ではない
Pseudokirchneriella subcapitataやDaphnia magna
といった種が用いられます。
(欧米のルールをそのまま導入したため)

なぜこの種をリスク評価に使うの?
というのは今や「お約束」になっており、
疑問を持つことは許されないような空気ですが、
もっと様々な種を考慮したほうがよいと思いますし、
常に議論はしていくべきと考えています。


次に、どの程度守れば十分なのか?
という問いですが、
「化学物質の生態リスク管理のゴールは
生物一個体毎の保護ではなく、生態系の持続的な維持である」
というのが現状の合意されたルールということになります。

つまり、ミジンコ一匹死んだらアウト
ではなく、個体群を絶滅させないようなところを目標にすることになります。

例えば、
米国の水生生物保全のための水質基準導出のガイドラインのなかでも
「水系生態系は多少のストレスや時々起こる悪影響に対して耐えることができるので、全ての種を全ての場所全ての時間において保護する必要はない」
と記述されています。
USEPA (1985) Guidelines for deriving numerical national water quality criteria for the protection of aquatic organisms and their uses.
http://water.epa.gov/scitech/swguidance/standards/criteria/aqlife/#guide

次に、欧州におけるリスク評価の技術ガイダンス文書においても
生態系の構造や機能への影響がエンドポイントであると記述されています。
EC (2003) Technical guidance document on risk assessment.
http://ihcp.jrc.ec.europa.eu/our_activities/health-env/risk_assessment_of_Biocides/doc/tgd

また、日本の水生生物の保全に係わる環境基準値の設定においては、
「水生生物の個体群レベルでの存続への影響を防止することが必要であることから、特に感受性の高い生物個体の保護までは考慮せず、集団の維持を可能とするレベルで設定するものとする。」
と同様の考え方が採用されています。
環境省 (2003) 水生生物の保全に係る水質環境基準の設定について(第一次報告).中央環境審議会水環境部会 水生生物保全環境基準専門委員会
http://www.env.go.jp/council/toshin/t094-h1504/houkoku_2.pdf


生態影響評価には、その保護レベルに応じていくつかの尺度があり、
現時点の管理目標から考えると、
1個体毎のの生死を判別する個体レベルの評価ではなくて、
個体群レベルのリスク評価を行うことが、
管理目標に対して最も適切な答えを出せるはずです。

生態リスクの尺度.png

ところが、現時点で行われている生態リスク評価のほとんどは
実際には、室内毒性試験で1個体ごとの生死を判定する個体レベルの評価だということになります。
目標としていることと実際にやっていることにギャップがあるわけです。
このギャップの理由は単にテクニカルな問題であり、
個体群レベルの評価手法が研究レベルにとどまっていて、
実務レベルにまで到達していない、ということに起因します。

つまり、評価の尺度が個体レベル、個体群レベル、生態系レベル、
と上がるほどに評価は難しく複雑になり、その不確実性も上昇します。
これらを制御できる方法が確立されていないわけです。
今しばらく研究ネタとしては面白いところでしょう。


問題設定のフェーズでは、最後に生態リスクの概念モデルを決めます。
例として農取法における生態リスク評価を考えると、
「曝露と毒性を比較してリスクの有り無しを判断する
ただしここで、
曝露とは、単回の農薬使用時における河川水中の最大濃度
毒性とは、水生生物の急性毒性試験におけるEC50 or LC50」
ということになり、
非常に単純化された概念モデルとなります。

この中には「約束事」がたくさん含まれており、
曝露側では、
・評価ポイントは公共用水域(一級河川の下流域)を想定
・10km*10kmの架空の流域での評価
・水田は500 haで、河川の流量は3 m^3/sなどいろいろ決まっている
など、
毒性側では、
・急性毒性のみの評価
・3種の毒性試験を行う
・種刊の感受性差に関する不確実性係数10を適用
などなどです。


リスク管理の目標と照らし合わせると、
単純化されたこの評価では不十分であることは否めませんが、
テクニカルな問題や、
評価にかかるコストや時間の問題などがあり、
そのあたりの克服がレギュラトリーサイエンスに
求められているところなのだろうと考えています。

レギュラトリーサイエンスシリーズはこれでひとまず終了です。
機会があればまた書いてみたいです。
posted by shimana7 at 00:04| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

レギュラトリーサイエンス 〜生態系の何をどこまで守るのか?〜


米国が策定した生態リスク評価のフレームワークによれば、
生態リスク評価は下図のように、
1.問題設定、
2.分析(曝露評価と生態影響評価)、
3.リスクキャラクタリゼーション
という三つのフェーズに分かれます。
USEPA (1992) Framework for ecological risk assessment. EPA/630/R-92/001
http://www.regulations.gov/#!documentDetail;D=EPA-HQ-OA-2007-0676-0001

生態リスクのフレームワーク.png

このうち、ほとんどの人が「リスク評価」といえば
曝露評価か影響評価のことを指していると考えます。
ところが、このフレームワークのうちどれが一番重要かと問われれば、
私は「問題設定」こそが一番重要! と答えます。

問題設定ではまず「望ましくない出来事」としてエンドポイントを明確に定めます。
生態リスク評価において特徴的であるのは、
問題設定のフェーズのところで、
評価対象とする生態系や時空間的な評価スケール、
評価エンドポイントや概念モデルを決定し、
「そもそも何を問題とするか」を絞り込む作業を重要視する点にあります。

これは、ヒトの健康と違い、
生態系の場合は何をどこまで守れば十分なのか
という問いに対する統一的な解が存在しないためです。
生態系保全のゴールは高度に複雑です。


どの生物種を守るのか?どの程度守るのか?
これによって、リスク評価の手法が決まってきます。
逆に言えば、これが決まらなければリスク評価はできません。

つまり、
「万能なリスク評価手法というのは存在しない」
のであり、
ものすごく限られた問題設定に対してのみ
答えを出せるのが現状のリスク評価なのです。


例えば、、、
「メダカの地域個体群の絶滅」
を問題だと考えるならば、
→メダカの個体群が絶滅するかどうか
というリスク評価をする必要があり、
これを達成するための手法を採用することになります。

また、
「河川生態系の種の多様性の減少」
を問題だと考えるならば、
→どの程度の種が影響を受けるか
というリスク評価を達成するための手法を採用します。

ミツバチやトンボの減少を問題にしたければ、、、
など同様です。

繰り返しますが、
一つのリスク評価がこれらすべての問題をカバーすることなど
現時点では不可能なのです。


このようなところに、
「○○を問題とし、△△は問題としない」
というような言わば約束事が入り込みます。

よって、
「そのリスク評価では△△を見ていないじゃないか?」
というような指摘は、非常によくありがちでもっともではあるものの
ツッコんでもしょうがないことであったりするわけです。

そのようなときは、
「なぜ問題設定のフェーズで○○を問題としたのか?」
と指摘するのがよいでしょう。


ということで次回は、
現時点で行われている「標準的な」生態リスク評価は
いったいどんな問題設定をしているのか?を解説してみます。

posted by shimana7 at 22:49| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月09日

レギュラトリーサイエンス 〜時間的制約を考える〜


従来の科学とレギュラトリーサイエンスの大きな違いは下記の
東京大学政策ビジョン研究センター
http://pari.u-tokyo.ac.jp/unit/words/words_r/r_7.html
-----
レギュラトリーサイエンス(規制科学)
「規制の策定と実施のために用いられる科学的知識を指す。研究のための科学(リサーチサイエンス)と対置される。リサーチサイエンスでは、研究者は他人と異なる議論を展開するインセンティブを持ち、結論に到達する時間に制約がないのに対して、レギュラトリーサイエンスでは、限られた時間内での合意形成が求められる。」
-----
の解説にあるように、
時間的な制約を考えるかどうかだと思います。

つまり、世の中は
「サイエンスがすべての現象やそのメカニズムを解明するまで待ってくれない」
のであり、もっと言えば
「わかってからでは遅すぎる」
わけです。


前回の記事の図にあるように、
リスク評価における毒性評価や曝露評価はおそらく
Regulatory researchの中に入ると思われますが、
毒性試験や濃度モニタリングなどの実測に重きを置く部分は
従来の科学の範疇に入り、
QSARやSSD、濃度予測モデルなどの予測に重きを置く部分は
規制科学の範疇に入るのではないでしょうか。

なぜそのような予測が必要になるかといえば、
リスク評価に必要なすべての実データをそろえるには
時間が不足しているからです。
なので、不足しているデータを穴埋めする方法を作る必要性が出てきます。

従来の科学領域からは
予測のテクニカルな部分や実測値と合っているかどうか
が興味の対象となります。

ところが、規制科学の領域では
どんなリスク管理を理想としていて、
そのためにはどのようなリスク評価が必要で、
その評価を達成するためにその予測手法が必要であり、また十分かどうか?
という視点で見ることが重要になります。


ここで、種の感受性分布(SSD)という手法を例に挙げます。
様々な仮定(=約束事)の下に制約される
この手法はまさに規制科学の申し子とも呼べます。

何度も書いていることですが、SSD法は間違っています。
単に他よりマシなだけです。

SSDの科学的な欠点を指摘することは誰でも簡単にできます。
個体レベルの毒性試験の積み上げであって、
生物間相互作用を考慮していない、などの話です。
このような欠点をついてドヤ顔される方が多いのですが、
そもそもの視点が違うのですね。

リスク評価にかけられる時間を考えてみます。
目指すべきリスク管理に対して、
日本の既登録農薬(有効成分で約500種類)の
リスクを横並びで定量的に評価して、
リスクの低い農薬選定のための基礎情報にしたいとします。

リスク評価にかけられる時間はせいぜい5年程度でしょう。
10年もかけると、もう農薬使用のトレンドは変わってしまいます。
とすると、一年で100のペースで評価する必要が出てきます。
(実際に、化審法ではWSSD目標の達成のために、
約10年で1000物質程度のリスク評価を目指すようです)
つまり、3日に1剤のペースで評価しなければいけません。
1剤に1ケ月すらもかけることができないのです。

このスピードを達成するとなると、
既存の急性毒性データの積み重ねを最大限有効に活用する、
という選択肢しか残らなくなってしまいます

そのような制約の中から、
定量的で、予測に使えて、しかも幅広い生物種を対象としている
という3つの条件を兼ねそろえた評価方法として、
SSD法が選択されることになります。

時間もコストも関係ない、農薬の生態影響の真理を追究したい、
というのであれば、ほかにもいくらでもやりようはあるかと思います。


目指すべきリスク管理は何なの?というところか
ら遡って評価手法を選択していく、
という視点がここでは必要になってきます。

もちろん自分の立場は研究者ですから、
評価手法の科学的妥当性を高めるための努力を
できる限り続けていく必要があります。

SSDの計算方法の改良や、
使用するデータの拡充、
メソコスム試験や野外調査などとの比較
などがそれに該当すると考えられます。


今回は評価手法について書きましたが、
次は、いったい生態系の何をどこまで守れば十分なのか?
という生態リスク評価の問題設定について
書いてみたいと思います。
この部分も規制科学の重要なパートを占めます。

posted by shimana7 at 23:22| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月06日

久しぶりにレギュラトリーサイエンスについて


10月4日(火) 農業環境技術研究所にて、
第11回有機化学物質研究会が開催されます。
http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/sympo/h23/20111004.html
今年のテーマは
「化学物質と人間・環境との調和を目指すレギュラトリーサイエンス」
になりました。

私自身、このようなテーマを念頭に仕事を行ってきたつもりでしたが、
案外きちんとレギュラトリーサイエンスについて
整理をしたことがなかったことに気が付きました。

産総研の安全科学研究部門の方達に相談し、
研究会での講演をお願いするとともに
規制科学ワーキンググループ(仮称)を立ち上げ勉強会も開催しました。


ちなみに、レギュラトリーサイエンスの
農林水産省による定義は
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/regulatory_science/index.html
-----
科学的知見と行政が行う規制措置等との間のギャップの橋渡しとなる研究(regulatory research)と行政が行う安全確保のための規制措置やその規制措置の国際的な調和を図る取組(regulatory affairs)を包含するものです。
-----
となっています。

化学物質のリスク評価研究は、まさしく従来の科学的知見と
行政などが行うリスク管理措置との間をつなぐものである、
と私は考えています。
というよりもつなぐために今の仕事をしている、
と言ったほうが良いかと思います。

ただし、あくまで研究ですから、
規制措置そのものまでは仕事の範疇外ですので、
農水省の定義は自分の仕事と比べると定義が広すぎるように思えます。


カタカナの「レギュラトリーサイエンス」の提唱者による内山充氏による定義
-----
科学技術の進歩を、真に人間と社会に役立つ、最も望ましい姿に調整(regulate)するための、予測・評価・判断の科学
-----
も「予測・評価・判断の科学」の部分はあっていますが、
前半の部分は自分の仕事とは少しずれているように思えます
(最も望ましい姿に調整する、という価値判断を含む部分に違和感を覚えます)


というわけで、カタカナのレギュラトリーサイエンスよりも
少し狭義のものとして「規制科学」
(日本語に直訳しただけなんですが。。。)
という言葉を使うほうがリスク評価の位置づけがしやすいのかもしれない
ということになりました。
(当てはめる言葉は別に他でもよいのですが)

RS.png

概念的な整理はとりあえずここまでにして、
その具体的な内容については次の記事で書いていきたいと思います。


余談ですが
規制科学WGでは、リスク評価はサイエンスよりもエンジニアリングに近いから
レギュラトリーエンジニアリングという言葉もありかも
という提案も出ましたが、私もこれは面白いと思います。

リスク評価手法の開発(これはサイエンスと呼べるでしょう)のみではなく
リスク評価のアプリケーションエンジニアがもっともっと必要と考えています。
これはまた別の機会に考えてみたいです。

posted by shimana7 at 22:21| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月27日

放射性物質のリスク評価(食品安全委員会)についての意見


食品安全委員会から、以下のようなパブリックコメントの募集があったので、
提出してみました。

放射性物質の食品健康影響評価に関する審議結果(案)についての御意見・情報の募集について
http://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/pc1_risk_radio_230729.html

この件に関しては、生涯の被ばく量の上限が100 mSvと結論付けられており
(書き具合が非常にあいまいですが。。。)
リスク分野では非常に話題になっています。

林岳彦さんや
http://d.hatena.ne.jp/takehiko-i-hayashi/20110816
岸本充生さんが
http://www.aist-riss.jp/main/modules/column/atsuo-kishimoto011.html
これに関して、大変すばらしい意見を書いてくださっています。

私の意見は、
仮説の取捨選択の根拠を明確にせよ、という一点だけに絞りました。

実際に送信した意見はこれより若干短いですが
(文字数制限のため)
最初に書いたものをここに残しておきます。

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放射性物質の食品健康影響評価に関する審議結果(案)についての意見

限られた時間において、非常に多くの文献をレビューし取りまとめた本評価書は、貴重な資料となると考えます。しかしながら、リスク評価に用いる仮定の採用根拠が不明瞭であり、どのような基準を用いて仮定の採用、不採用を決めたのかの説明を追記することが望ましいと考えられます。

リスク評価においては、低用量における発がんリスクの直線仮説や、動物実験からヒトの健康影響への外挿に関する不確実性係数10、ヒトの感受性の個人差に関する不確実性係数10の適用など、慣例に基づく仮定を使用することが一般的です。そして、限られた情報から何らかの評価結果を出さねばならない場合に、このような仮定の採用は不可欠となります。しかしながら、これらの仮定は科学的に証明されたものではないため、適用する際にはどのような考え方のもと、これらの言わば約束事を採用するかどうかの根拠の説明が求められます。

本評価においては、100mSv以下の低用量曝露における放射線の曝露量と発がん確率が直線関係にあるとする、いわゆるLNT仮説を採用しませんでした。これは、遺伝毒性有りの発がん性物質のリスクを取り扱う際に慣例的に用いられている仮定を否定している事になるため、詳細な説明が求められると考えます。LNT仮説の科学的根拠が乏しいというのは、上記の通り採用しない理由になりません。むしろ科学的根拠が無い状況であるから、そのような約束事に基づく仮定を採用せざるを得ないのです。

一方、ウランのTDIの設定においては、仮定を採用する根拠の説明を全くせずに、慣例に基づき動物実験のLOAELを300で割ってTDIを算出しています(評価書p.224)。

どこまでが科学で、どこからが約束事に基づく仮定を踏まえたものであるのかを明確にせねば、評価者にとって都合の良い結果を導くために仮定の取捨選択をしているととられかねません。「もとより、仮説から得られた結果の適用については慎重であるべきである(評価書p.221)」という記載だけでは説明不足です。本評価書の中だけを見ても、直線仮説を採用しないという部分と、無条件に不確実性係数を採用して種間外挿を行っている部分が矛盾しています。特に発がん性の物質の評価においては、発がん性があるから許容量は設定できない、という評価になったり(注釈1)、発がん性があるから確率論に基づく発がんリスクによる評価が適切である、という評価になったりしています(注釈2)。これらの過去の評価結果との整合性も踏まえ、どのような考え方のもと、リスク評価のキーとなる仮定を採用したりしなかったりするのか、という説明を付け加えるべきであると考えます。


(注釈1)
アカネ色素に係る食品健康影響評価に関する審議結果
食品安全委員会
http://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya20040618015
-----
p.4
6.評価結果
腎臓以外の臓器の所見等について、今後とも情報収集が必要であるが、提出された資料からは、遺伝毒性及び腎臓への発がん性が認められており、アカネ色素についてADI を設定できない。
-----
上記の資料では、遺伝毒性有りの発がん性物質は許容量を設定できない、というだけの結論になっています。ここでも、どのような仮定を採用するかの議論はされていません。


(注釈2)
かび毒評価書 総アフラトキシン(アフラトキシンB1、B2、G1 及びG2)
食品安全委員会
http://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya20080903001
-----
p.51
総アフラトキシンは遺伝毒性が関与すると判断される発がん物質であり、発がんリスクによる評価が適切であると判断された。
-----
上記の資料では、ヒトの疫学調査の結果を基に、低用量における摂取量と発がん確率は直線関係にあるという仮定のものでの発がんリスクを計算しています。この直線関係の仮定を採用する科学的根拠等については全く触れられておらず、慣例によって直線仮説を採用していることが読み取れます。
posted by shimana7 at 00:30| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月12日

土肥学会終了


今週の土肥学会誌シンポジウムでの講演
無事?かどうかわかりませんが終了しました。
その後すぐに別の重要な会議があり
すぐに会場を抜けなければなりませんでしたので
反応とか雰囲気はいまいちよくわかりませんでした。

後日、
「よく冷静に耐えたね〜、すごいよ」
などの反応を当時会場にいた複数の人からいただいたので
やっぱりそういう受け止め方で良かったんだよね?
と、ほっとしました。


どうしてもリスクの文脈で話をすると
科学の命題を外れた価値観の論争に巻き込まれてしまうことがあるのですね。

私自身はリスクを扱う上ではそれは
避けられないことことだと思っているので
全く問題ないのですが、
そういうトラブルを目の当たりにすると
これからそういう分野に入ろうとする若い人は腰が引けてしまうかも、
という話も聞いて、
ああ、たしかに、そういうことはこれまで考えたことはなかったなあ
と思いました。


まともなことを言っただけで御用学者のレッテルを張られ、
さらには訴えられてしまうような時代なので、
この「リスクを扱う」という嫌われ者役を担う人が
減ってしまうことになってしまったら、
それは残念極まりないものです。

(総理大臣をやりたいなんて思う人もそろそろいなくなりそう。。。)


私自身は、、、
今回のこと程度で腰が引けるようなことは全くないので、
これからもやるしかないです。

posted by shimana7 at 22:58| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

農薬を巡る基準値


先日、「基準値再考」をテーマに行われた勉強会で発表してきました。
原発事故以来、様々な見慣れない「基準値」が登場し、
混乱を極めました。
○○以下なら安全です、が繰り返されるばかりで、
その基準値の導出の根拠についての説明はほとんど
無かったように思われます。

(この点についての一部の研究者のボランティア的な活動が
大変役に立ちました。本当に頭が下がります。)

そんなわけで、リスク管理のための
現在ある様々な基準値の根拠について
再考するのにふさわしい時期と考えられました。

私の発表は「農薬を巡る基準値について」でした。

農薬のリスク管理を巡っては
ざっと見渡して10種類の法律が関係し、
それに基づく8種類の基準値が存在しています。

図1.png

図1 農薬管理を巡る諸法と諸基準


例えば、水道水においては、
水道水質基準のワンランク下の
水質管理目標設定項目というところで
総農薬方式が採用されています。

これは、約100種類の農薬について検査を行い、
Σ(濃度/目標値)<1
であるときに基準が達成されるもので、
複数の農薬の複合影響が考慮されたものとなっています。

各農薬の目標値は図2のように設定されます。
クロルピリホスの例では、
動物実験による無影響用量(NOAEL)
を不確実性係数(Uncertainty factor, UF)100で割ったものが
許容一日摂取量(Acceptable daily intake, ADI)0.01 mg/kg(体重)/dayとなります。
(この辺の詳しい説明は省きます)

図2.png

図2 水道水質基準の決め方


そこから、成人の体重50s、水の一日平均摂取量2L、水からの摂取寄与率10%
という曝露係数から濃度に換算し、
目標値0.03 (計算値は0.025) mg/Lが導かれます。
(0.01*50*0.1/2 = 0.025)
このようなADIから換算する基準値の導き方を
水道水型基準値と呼ぶことにします。



さて、それでは農薬の作物残留基準値の方は
どのように決まっているのでしょうか?
多くの方が、この水道水のように
ADIから換算されていると考えているのではないでしょうか。

よくある残留農薬基準値の設定の説明として
・ADIを元に決定されている
・ADIを超えないように決定されている
というのがありますが、
これらはいずれも正しくありません。

図3.png

図3 残留農薬基準の決め方


ADIが決定されるまで(1),(2)は水道水と同じですが、
その後が違います。

作物残留試験の結果(3)から、
最大作物残留量に任意のマージンをかけて残留基準値(案)を設定します(4)。

そこから各食品の残留基準値(案)と
それぞれのフードファクター(国民が一日に平均的に食べる量)を
かけたものの合計に、
平均成人体重53.3 kgを用いて平均的な推定摂取量を計算します(5)。

推定摂取量がADIの80%(食品からの寄与分)を超えていないことを確認し(6)、
最終的な基準値とします。

すなわち、ここでの基準値は
農薬を適正に使用していればこの値は超えないだろう
という意味を持つものであり、
水道水質基準のように有害性の観点から設定されたものとは異なります。

よって、基準値超過の際に
適切に農薬を使用するような営農指導などには有用ですが、
リスクがあるかどうかの判断には役にたちません。

また、以上のように基準値の設定がされていないものについては、
ポジティブリスト制により0.01 mg/kgという一律基準が自動的に課せられます。
ここでの一律基準について、
少なくともADIが設定されているものについては
そこから基準値を換算すべきであると考えられますが、
そのような制度にはなっていません。


どうしてこのような制度になってしまったのか
ということはその歴史的経緯と関係すると考えられます。

図4.png

図4 なぜこんなことになってしまったのか?


元々、農薬の残留基準は農薬取締法側の基準
「作物残留に係わる登録保留基準」
のみでした。
これは、安全かどうかの基準というよりは、
正しく農薬が使われているかどうかの農業規範としての基準です。
そのため、基準値を超えても販売禁止等の行政上の処分はありません。
また、農業規範としての基準ですので
、作物毎に細かい基準値が必要となります。


のちに、食品衛生法側の基準である食品規格基準のなかに
残留農薬基準ができました。
これは、法律の目的から考えれば安全かどうかの基準を意味し、
基準値を超えたら流通販売禁止となります。
これは農業規範としての基準を意味しないため
作物ごとに細かい基準値は必要なく、
コメ、穀類、野菜、果物、程度の区分で十分と考えられます。
また、この基準値はあくまでADIから換算するべきでしょう。


このようにしばらくの間、
二つの法律により別々に基準値があったわけですが、
食品安全基本法制定時(2003年)に
食品衛生法による残留農薬基準に統一されました。

この結果、農業規範としての基準値が、
いつの間にか安全かどうかの基準値になってしまったのです。

ただし、日本は基本的にコーデックス委員会という国際機関
の管理原則にのっとり管理を行っています。
コーデックスにおいても
「残留農薬基準(MRL)は適正農業規範(GAP)に
従って栽培された物かどうかを確かめるためのものである」
と考えられており、農業規範としての基準となっています。

(だからコーデックスでは
基準値を超えたものは出荷してはいけない、とは言っていないようです:要確認)



このように、
水道水型基準値と農薬型基準値は設定の根拠が全く違う
というところがポイントです。
ゆえに、
「基準値を超えた」が意味するものも全く違います。

ちなみに食品中放射性物質の基準は
ADIのようなもの(許容水準)が決まった後は
水道水型に近い方法で決められています。
ただし、許容水準の決め方が水道水や農薬とは全く違います。

アナタの気になる基準値は水道水型か農薬型か
考えてみると面白いかもしれません。

posted by shimana7 at 23:15| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月02日

出さないことのリスク


モデルの推定結果を出したほうがよいのか出さない方がよいのか?

モデルの結果を出すことに社会的混乱を引き起こすリスクがあるなら、
出さないことにもまた同様のリスクがあるのです。


今回放射性物質について様々なモニタリングが行われているように、
基本的には実測値が意思決定のベースとなります。

ところが、すべてのものをすべての地点、すべての時間で
を実測することは不可能なため、
そこの抜けた穴を埋めるためにモデルを活用するのが
最も有効な活用方法と考えられます。

実測万能主義でもモデル万能主義でもなく、
正解はその中間にあるのではと思います。



放射性物質予測、公表自粛を 気象学会要請に戸惑う会員
http://www.asahi.com/national/update/0402/TKY201104020166.html
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日本気象学会が会員の研究者らに、大気中に拡散する放射性物質の影響を予測した研究成果の公表を自粛するよう求める通知を出していた
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というニュースがありました。

SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)
という放射性物質の広がりを予測できるモデルがあり、
このモデルによる推定結果の公表が地震から10日以上たってからで、
出すのが遅いという批判もあるようです。

現在、化学物質のリスク評価の分野でも
化学物質の環境中濃度を予測するモデルが
いろいろと開発されており、
濃度予測はかなり実用的なものとなってきました。

このようなモデルによる推定結果の公表は
いたずらに不安をあおったり風評被害を引き起こすので
慎重になるべきだ、と言われることが多いです。



ただし、あまり慎重になりすぎると、
せっかくそこそこ精度の高い予測ができているにも関わらず、
それが世に出る前に、
誰かよくわかっていない人が勝手な信頼性の低い予測結果を
公表し、社会的な混乱を引き起こします。
そのあとであわてて精度の高いモデル予測結果を公表しても
もう遅い状況だといえます。

そうなるくらいだったら、
事前に信頼性の比較的高い予測結果を出したほうが
まだ比較的「まし」といえます。
つまり、情報を出さないことのリスクがここにあるわけです。


SPEEDIの場合も、おそらく結果を公表すべきかどうかを
早い段階から検討していたのではないかと思われます。
そのうちにアメリカやドイツが
予測結果を先に公表してしまいました。
SPEEDIの結果が公表されたのはその後でした。

これがきっかけで、日本よりも海外の情報が早くて信頼できる
という評判を作ってしまったと考えられます。
日本の特徴的な気象条件や地理的条件を
考慮して作られた日本のモデルのほうが
おそらく予測の信頼性は高いと考えられるにもかかわらずです。

これを最初に出しておけば、
あとから出てくるほかの予測結果は最初に出されたものとの比較で
議論されることになります。
こういう議論自体を封じ込めることは避けるべきです。



特に、現在においては予測モデルが様々なツールとして公開されています。
化学物質で代表的なものでは産総研のADMARがあります。
このようなツールを使えば専門家でなくとも濃度予測が可能です。
したがって、学会などが上記のニュースのようなことをするのは逆効果です。
学会に所属する専門家が予測結果を公表できなくなってしまう間に
素人が勝手に行った予測結果を公表できてしまいます。

公表する手段としても、
以前なら学会誌などの素人が踏み込めない場所しかなく
素人が公表する機会は限られていましたが、
現在はインターネットがありますので、
これも誰でも公表することが可能です。

このように、以前とは時代が一気に変化したと言わざるを得ません。



以上をふまえると、少なくともモデルの予測結果を
公表しないという選択は避けるべきで、
あとは「どのように公表すべきか?」
ということを、以下の3つような事柄を考慮したうえで
検討するべきと考えられます。


1.出さない事のリスクを認識する。
政府が出さなければ誰かが勝手な予想結果を出してしまう。
だからいち早く最初に政府から予測結果を出すべき。

2.政府は事前に(平時から)公式に予測に使用するモデルを制定し、
そのバリデーションや予測結果を普段から公表しておくべき。
そして、事故が起こった場合のモデルの活用方法
(誰がどう予測してどう公表するか)を事前に策定すべき。

3.モデルの予測結果をどのような行政的措置(避難勧告や食品の規制など)
に活用するのか、つまり意思決定にいたるフローを事前に決めておく。


上記の3つの検討事項はいずれも事故が起こる前に
決めておく必要があります。
事故が起こってからでは遅すぎるのです。

posted by shimana7 at 23:23| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

放射線の生態影響


震災による原発事故の影響で、
放射性物質の環境中への放出が進んでいます。

放射線の生態影響を考えることは
現時点で優先順位的に高くないと思われますが、
一応考えてみることにします。


欧州のPROTECTという放射線影響評価のプロジェクトがあり、
(ほかにもいろいろあるようですが追いつけていません)
生態影響については、スクリーニングレベルの無影響用量として、
10マイクロGy/hが提案されています。
通常Gy(グレイ)=Sv(シーベルト)と考えて良いので、
10マイクロSv/hと読むことができます。
これは、種の感受性分布(SSD)の解析を行って
その分布の5パーセンタイル値から導出したものです

PROTECTプロジェクトについては特集号が組まれています。
http://iopscience.iop.org/0952-4746/30/2

この中の、以下の論文にSSD計算の根拠があるらしいのですが、
まだ手に入ってません。
Garnier-Laplace J., Della-Vedova C., Andersson P., Copplestone D., Cailes C.,
Beresford N.A., Howard B.J., Howe P. and Whitehouse P. (2010) A multi-criteria
weight of evidence approach to derive ecological benchmarks for radioactive
substances. Journal of Radiological Protection. 30, 215-233

後できちんと読むとして、
とりあえず、エンドポイントは
慢性影響のNOECもしくはEC10を使っているようです。


水系の曝露の方を見てみます。
ニュースによると水中からも検出が続いているようですが、
最大の値を見ると、
海水中から1mlあたり5.066ベクレルの
放射性ヨウ素131が検出された、とあります。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110322-00000078-yom-soci

つまり、ヨウ素131が5000Bq/kgとして、
ここからSvに換算する必要があります。

ヒトの経口摂取では換算係数があり、
この水を一日1L摂取したとなると、
4.6マイクロSv/hとざくっと換算されます。

では、水生生物の曝露での換算はどうすればよいのでしょうか?
ここがよくわかりません。
とりあえず、このヒトでの換算がそのまま当てはまるとなると、
11000Bq/kgを超えたときに
10マイクロSv/hを超えることになります。

この辺の換算の自信がないので、
調べておく必要がありそうです。


水道の方では965Bq/kgの放射性ヨウ素
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110321-00000502-san-soci

とあるので、河川水中でもこの程度の濃度になる可能性があります。
生態影響については当面10000Bq/kgを超えない限りは継続監視で
問題ないのではないでしょうか。

posted by shimana7 at 22:20| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする