国立がん研究センターなどによる研究:
たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究
http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201508017A
において、疫学調査などから推定された受動喫煙にによる年間死者数は
15000人(肺がん2,480人、虚血性心疾患4,460人、脳卒中8,010人)と報告されています。
たばこ=肺がんだと思っていたらそうでもないんですよね。
10万人あたりに直すと12人/年となります。
リスクファクターとしては大変大きなものと言えるでしょう。
計算方法の事例は、NATROMさんによる記事:
受動喫煙による死亡者数はどうやって計算しているのか
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20170517
の中にとても明快に書かれています。
ツイッターなどでこれについての議論が多く行われており、
リスク学以外の分野からみた議論を興味深く見させていただきました。
一番びっくりしたのが、
受動喫煙の疫学調査はいわゆるコホート研究であって、ランダム化比較試験(RCT)ではない
(両者の違いは例えばこことかを見てください:
http://screamtheyellow.hatenablog.com/entry/2014/12/13/010753)
ので、健康増進法等の規制を強化するにはエビデンスのレベルがまだ低い、
などの意見でした。
化学物質のリスクを扱う分野からするとこれで文句がつくとは
思わずひっくり返る思いがします。
人体実験が不可能の化学物質のリスク分野ではRCTは基本的にあり得ないので、
コホート研究のまともなのが一つでもあれば万々歳な世界です。
例えば農薬の有害性評価は基本的に動物実験からの外挿です。
そのため外挿における不確実性を考慮して
とりあえず100で割っておこうという「作法」が生まれてきました。
疫学研究があっても、直線閾値なしモデルによって低用量外挿をしたりします。
こういう世界と比べると受動喫煙のエビデンスなどは十分に高いレベルにあると思います。
以下の記事は受動喫煙のエビデンスレベルに関する話で、とても良記事だと思います。
科学者はどのように「不完全なエビデンス」を国民に伝えるべきか?
https://healthpolicyhealthecon.com/2017/05/28/imperfect-evidence/
受動喫煙防止法について論点整理@:受動喫煙による健康リスク・死亡者数の推定はどのくらい信用できるか?
http://krsk-phs.hatenablog.com/entry/secondhand_smoke_1
特に二番目の記事ではエビデンスレベルと不確実性の明示について書かれています。
リスク学の分野でも不確実性の明示の話は日常的に議論されています。
ちょうど昨年度のリスク学会でも、
「○○で何人死亡」と言いたい場合のエビデンスレベルの明示の方法の話を取り上げました。
(http://www.sra-japan.jp/SRAJ2016HP/kikaku_session-3.htm)
特に注意すべきなのは、リスク比較の文脈で、
エビデンスレベルの異なるリスクの数字を比較する際には
きちんとそのエビデンスレベルの明示が必要である、ということです。
例えば、交通事故死者数は統計情報があるのに対し、
上記の受動喫煙は疫学調査からの推定値ですので、そのエビデンスレベルは違います。
以下は昨年度のリスク学会で提案したカテゴリ分けの案です。
IARCによる発がん性の分類(1とか2Aとか)に類似の概念です。
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エビデンスの種類によってカテゴリを3つ(細かく分けると4つ)に分ける。
カテゴリ1は実際の統計データに基づいているので最も信頼性が高い。
ただし、単年度では件数が少ない(10人以下)、
あるいは年変動が大きく、数年分のデータで平均をとる必要がある場合もある。
そこで、単年度の実際の死者数の統計データを使用した場合にカテゴリ1A、
数年分のデータをプールして使用した場合をカテゴリ1Bとする。
カテゴリ2は信頼できる疫学調査から計算したリスクで、
カテゴリ1の次に信頼性がある。
例えば、たばこ、アルコール、肥満、食塩などは十分な数の疫学データがあり、
現状の一般人に有意なリスクが検出されているものである。
ただし、放射線などは疫学データが十分あるが、
現状の一般人に有意なリスクが検出されているものではなく、
低用量の影響を外挿(直線外挿)により補間したものとなる。
これはさら信頼度が落ちるため、カテゴリ3とする。
また、ヒトのデータが無く動物実験からの種間外挿もカテゴリ3とする。
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こんなようなカテゴリ分けの明示をリスク比較では活用してもらいたいです。
交通事故はカテゴリ1A、受動喫煙はカテゴリ2になります。
ただし、交通事故なら交通事故死の定義(事故発生から24時間以内に死亡した人)があり、
それを変えると年間死者数も変わってくるため、
カテゴリ1といえども絶対的な数字ではないことに注意が必要です。
さらなる問題は「分母を何にするか」ということです。
例えば入浴中の溺死(カテゴリ1A)は、
全人口を分母にしてもかなりリスクが高いのですが、
高齢者に限定すればさらにリスクは大きく上昇します。
交通事故も乗用車とバイクで分ければリスクが異なります。
すなわち、どのようなフレームで評価するかによってリスクは大きく変化します。
そして、フレームの設定はリスクを比較する目的に依存します。
また、一つのリスクを複数のフレームから評価することは、
データの見方やリスク情報の受け止め方(リスクリテラシー)
を養うのにも有効かもしれません。