2010年10月06日

水道水のリスク

現在の水道水質基準値50項目の内11項目が
水源には含まれていないが
塩素消毒の過程によって生成する消毒副生成物です。

その中には発がん物質を含むため、
消毒のしすぎは発がんリスクを高めると言われてきました。
しかし、だからといって消毒を止めれば
感染症のリスクを高めることになります。

中西準子さんは複数の著書にて
リスクトレードオフを考慮して
最もトータルのリスクが低くなるような消毒をするべき、
と主張され、実際の両者のリスクの計算結果を載せています。
中西さんの最も得意とする話題の一つといえます。



私も水のリスクを教える上で
これは非常によい例と考えて
講義で取り上げることにしました。

ただし、中西さんの用いたデータは
いかんせん古くなっていますので、
これを最新の情報に更新する作業から始めました。

中西さんの時代と異なり
基準値作成の根拠となる情報や
水道水中の濃度データは
全て厚生労働省のサイトで公開されています。

水質基準の見直しにおける検討概要
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/konkyo0303.html

よって当初は更新作業は楽勝だと思いましたが
これが思っていたよりしんどい作業でした。



消毒副生成物から総トリハロメタンを除く10物質のうち、
発がん性がないと評価されているのが塩素酸とクロロ酢酸の2物質
発がん性があると評価されているのが
クロロホルム、ジクロロ酢酸、臭素酸、ブロモジクロロメタン、ホルムアルデヒドの5物質、
発がん性がはっきりしていないのがジブロモクロロメタン、トリクロロ酢酸、ブロモホルムの
3物質

発がん性があるなかで遺伝毒性があるとわかっているものは臭素酸のみ(閾値なしモデルを採
用)。
クロロホルムは遺伝毒性なしのため、閾値ありモデルを採用
ジクロロ酢酸は遺伝毒性は不明だが、デフォルトで閾値なしモデルを採用。
ブロモジクロロメタンは遺伝毒性は不明であり、
デフォルトで閾値なしモデルを採用すべきだが
なぜか閾値ありモデルを採用(このからくりは不明)。
ホルムアルデヒドの発がん性は吸入のみなので閾値ありモデルを採用。

消毒1.png


閾値なしモデルを採用した臭素酸とジクロロ酢酸の場合、
これ以下だったら影響ゼロ、という閾値がないので
基準値を守っても発がんリスクはゼロにはなりません。
この場合、ユニットリスクを用いて発がん確率を計算できます。

消毒2.png


ジクロロ酢酸の場合
発がん確率 10^-5 に相当する濃度 = 0.04 mg/l
ユニットリスク = 2.5×10^-4 (mg/l)^-1

水道水中濃度の95パーセンタイル (ワーストケースを想定)
は0.015 mg/lとすると、

発がん確率 = 濃度 (mg/l) × ユニットリスク (mg/l)^-1
= 0.015×2.5×10^-4 = 3.75×10^-6


臭素酸の場合
発がん確率 10^-5 に相当する濃度 = 0.0089 mg/l
ユニットリスク = 1.1×10^-3 (mg/l)^-1

水道水中濃度の95パーセンタイル (ワーストケースを想定)
は0.006 mg/lとすると、

発がん確率 = 濃度 (mg/l) × ユニットリスク (mg/l)^-1
= 0.006×1.1×10^-3 = 6.6×10^-6

となります。
この二つの発がん確率を合計すると
1.0×10^-5
となり、これは生涯発がん確率ですから、
単年に直すと、70で割って
1.0×10^-5 / 70 = 1.4×10^-7
となります。
ずいぶんと低い発がん確率となりました。

さらに、ジブロモクロロメタン、トリクロロ酢酸、ブロモホルム
は発がん性がはっきりしていないものであり、
ブロモジクロロメタンは発がん性ありで遺伝毒性が不明のもので、
これらが閾値なしと仮定すれば、
物質が3倍に増えるので、さっくりと発がんリスクも3倍して
= 1.4×10^-7 ×3 = 4.2×10^-7
と計算されます。
これは発がん確率を実際よりも
大きめに見積もっていると考えられます。

このリスクが塩素消毒強度120 mg・min/l
の時のものだったと仮定し、
さらに発がん確率は塩素消毒強度の0.5乗に比例すると仮定すると、
(この仮定は中西さんの計算と全く同じです)
塩素消毒強度と発がんリスクの関係は以下のようになります。

消毒4.png


さらにこれにジアルジアの感染症により死亡する確率
(中西さんの計算と全く同じ)
を足し算すると、リスクが極小になる
最適な塩素消毒強度が得られるはずです。

消毒5.png


その結果このようになり、
予想に反して、
発がん性はあまり考えずにがんがん消毒しても
あまり問題無さそう、という結論が導かれます。
しかもこの計算は発がんリスクを大きめに見積もっているのに、
です。
ただしジアルジアのリスクも大きめに見積もられているようですが。



時代が変わればリスクも変わります。
これは、実際のリスクに変化が無くとも、
新たなデータや新たな証拠が出てくれば
評価されたリスクの値は変わる、
ということを示しています。

もちろんこの結果はリスク評価が役に立たない事を意味しません。
リスクについてのデータや証拠が完全に揃うまで
社会の意思決定は待ってくれません。
その時わかっている範囲内での最善の判断をするための
ツールがリスク評価である、と考えるべきです。

そしてその後もリスクを評価し続け、
結論が変わってきたらすみやかに管理方法も変更していく、
という柔軟なやり方(順応的管理)
が求められていると思います。

posted by shimana7 at 16:15| リスク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする