2016年04月19日

【論文公開】農薬の用途別使用量


新たに公開された論文の紹介です。

谷地俊二、永井孝志、稲生圭哉 (2016)
水田使用農薬の県別用途別使用量の簡便な推定方法の開発
日本農薬学会誌, 41(1) 1-10
http://pssj2.jp/journal/new/con-jj402.html
(WEBでは会員しかアクセスできません。冊子はすでに出版されています)

殺虫剤は様々な用途があり、大きく分ければ、
使用する場所で水田、畑、果樹、その他など4つに分かれます。
水田で使用する農薬に着目するとさらに、
本田湛水散布、本田茎葉散布、育苗箱施用、無人ヘリ散布など
数種類の使用方法があります。
使用方法によって面積当たりの使用量も違いますし、
使用した後の環境動態も異なるため、
当然そのリスクも異なります。

一方で、殺虫剤はその商品毎に
都道府県毎の出荷量が農薬要覧という資料に統計としてまとめられています。
ただし、1つの殺虫剤商品が複数の使用方法で使用できる場合、
出荷された商品がどこでどのような用途で使用されたかは統計がありません。

PRTR制度では指定された農薬(全部ではない)について、
田、果樹園、畑、家庭、ゴルフ場、森林、その他の非農耕地の
7種類に排出量(≒使用量≒出荷量)が割り振られています。
ただし、水田での用途別の使用量は分別できていませんし、
制度開始前(平成13年以前)まで溯ることはできません。
なによりも限られた農薬のみが対象である点が問題です。
(ネオニコチノイド系殺虫剤は一つも指定されていない!)

そこでこの研究では、殺虫剤14剤を対象に、
農薬要覧に記載された農薬種類別出荷数量を
簡便に用途別に分ける推定方法を開発しました。
この手法は簡便で客観性が高く、
用途毎・都道府県毎・年毎に網羅的に整理可能な方法であることが特徴です。

推定した殺虫剤の用途毎使用量を
PRTR制度によって同様に推定された田における排出量と比較したところ、
同程度の推定手法になっていることが確認されました。


私たちのグループではこの論文の手法を用いて
網羅的な農薬使用のデータベースを作成しています。
いつどこで何がどの用途でどれくらい使われたのかが
すぐに把握でき、それを用いたリスク評価が可能な体制を整えています。

ただし、問題はこれのアップデートです。
外部資金に依存したやり方では継続性に難があります。。。

posted by shimana7 at 22:54| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

【論文公開】金属のMixture Toxicity


ベルギーで行った研究が論文として受理されました。
Accepted articleとして早速公開されています。

Nagai T, De Schamphelaere KAC (2016)
The effect of binary mixtures of Zn, Cu, Cd, and Ni on the growth of the freshwater diatom Navicula pelliculosa and comparison with mixture toxicity model predictions
Environmental Toxicology and Chemistry, in press
http://dx.doi.org/10.1002/etc.3445

4種金属(亜鉛、銅、カドミウム、ニッケル)の二種混合系で毒性試験を行い、
複合毒性モデル(CA, IAモデル)で解析を行ったものです。
この研究でなんといってもすごいのはそのデータの量です。
4種金属の二種類の組み合わせ=6種類
1つの二種混合の組み合わせで7濃度×7濃度=49種類
1つの濃度の組み合わせで6連の試験
全部で約1800点の網羅的なデータを生み出しました。
この結果から以下の2つの頑健な結論を導くことができました:
1.基本的に濃度加算モデル(CA)は安全側推定である。
2.カドミウムは他の3種金属とは作用機作が明確に異なる(IAモデルによる予測が適している)

複合影響は組み合わせが無限にあるので、
数を沢山こなすことが必要になります。
効率的な試験方法を最初に開発したおかげで、
この多数の試験をこなすことができました。
今回もデータは論文の付録データとして太っ腹に全公開です。
いろいろと解析してみたい人はご自由にどうぞ。



そして、論文化する過程においては、
複合毒性について結構曖昧に理解していた部分が
しっかり理解できるようになりました。
複合毒性モデルは予測と解析の2種類の使い方があり、
それらをごっちゃにしてはいけないということがあります。

多くの人がこの二つを混同してして、
CAやIAモデルの予測と実験値を比較して、
外れていたら相乗作用だ拮抗作用だなどと解析的な解釈する、
という間違いを犯しています。
(私もこれまでそうでした)

このような枠組みは以下の論文に詳しいのです:
Jonker et al (2005)
Significance testing of synergistic/antagonistic, dose level-dependent, or dose ratio-dependent effects in mixture dose-response analysis
Environmental Toxicology and Chemistry, 24, 2701-2713
http://dx.doi.org/10.1897/04-431R.1

が、、、
これをいきなり読んで「なるほどそうか」と理解するのは
とてもきびしいでしょう。
自分で研究しながら、その過程で色んな人と議論しながら
少しずつ理解を深める、ということが必要でしょう。



また、査読の過程で最も議論になったのは、
EDTAの分解性の取り扱いです。
EDTAは藻類の培養には必須のものですが、
金属と結合して存在形態と毒性を変えてしまうため、
扱いが非常に難しいのです。

しかも、このEDTAは藻類の培養にやはり必須の光によって分解してしまい、
しかもその分解性は化学形態で変化してしまい、
さらにその分解代謝物も金属との錯形成能があるという、
半端ない複雑さをもった物質です。

金属の生態影響に関するEDTAの取り扱いに関して、
ここまできちんとした議論をした論文はたぶん他に存在しないと思われます。
posted by shimana7 at 22:26| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月03日

種の感受性分布の技術マニュアルが公開

タイトルの通り、農薬の生態リスク評価のために活用を続けてきた
「種の感受性分布」という手法について、
技術マニュアルを策定しました。

これがどんなものかについては、
3月25日付けプレスリリースが分かりやすいです:
農薬の生態リスクを評価する解析手法の技術マニュアルを公開
http://www.niaes.affrc.go.jp/techdoc/press/160325/

マニュアル本体は
旧農業環境技術研究所のWEBサイトで公開されています。
http://www.niaes.affrc.go.jp/techdoc/ssd/
表紙.png

旧農業環境技術研究所は組織としては無くなりましたので、
そのうちに新組織におけるWEBサイトに移行することとなりますが、
しばらくは旧サイトも残っています。


目次は以下の通りです:
1. 種の感受性分布(SSD)とは
1.1. 現行の農薬の生態リスク管理制度と統計学的手法の必要性
1.2. 種の感受性分布
1.3. SSD の発展と議論の歴史
1.4. SSD を扱った公的文書、ガイダンス等
1.5. SSD の他国における活用事例

2. 生態毒性データの収集と評価
2.1. 既存の生態毒性データベース
2.2. 生態毒性データベースの活用
2.3. 農薬の生態毒性情報の収集と信頼性評価
2.4. 農業環境技術研究所の農薬生態毒性データベース

3. SSD 解析
3.1. 確率分布と SSD
3.2. SSD の解析方法
3.3. 主な水稲用農薬の SSD 解析結果
3.4. HC5 と水産保留基準
3.5. SSD とメソコスム試験の結果の比較
3.6. SSD を活用した生態リスク評価

4. SSD の活用 〜発展編〜
4.1. SSD のためのデータ数と生物種
4.2. データが少ない場合の SSD 推定方法
4.3. 複合影響の計算方法
4.4. SSD を用いた生態リスク評価の高度な活用
4.5. 野外生態系におけるSSD の検証
4.6. SSD を用いたリスク評価結果をより良く解釈するために

5. 参考文献

6. 付録
6.1. 略語集
6.2. SSD と生態リスクの計算ファイル
posted by shimana7 at 23:01| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

所属変更

2016年4月1日より、組織改編によりこれまで所属していた農業環境技術研究所は消滅し、
「国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構・農業環境変動研究センター・生物多様性研究領域・化学物質影響評価ユニット」
の所属となりました。
以前よりも所属名と研究内容の一致度は高まったかと思います。
この所属名の通り、これまでと同様に
化学物質の生態リスクを中心に研究を進めていきますので、
今後ともよろしくお願いいたします。


posted by shimana7 at 22:48| 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする